ラスベガス銃乱射事件とアメリカのソフトパワー

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2017年10月12日

  • 児玉 卓

10月1日に発生したラスベガスの銃乱射事件を機に、米国では再度、銃規制強化を求める声が強まっている。しかしトランプ大統領はどうやら規制強化に乗り気ではない。多大な死傷者を出した凄惨極まる事件でさえ、銃社会米国を変えることはなく、多くの人々の不安を募らせるに終わってしまう可能性が濃厚である。同国では全米ライフル協会のような、銃規制に強硬に反対する勢力の活動が盛んなこともあって、相当の政治的リーダーシップがなければ規制強化を実現することは難しい。トランプ政権に望み得る事業ではないということだ。

米国の調査機関Pew Research Centerによれば、米国の銃保有者の67%が「保身」を保有の動機として挙げている(複数回答。「狩猟」38%、「ライフル射撃」30%・・・と続く)。しかし、同じ調査では保有者の66%が複数の銃を、29%は5台以上の銃を保有しているとされる。5台以上は明らかに「保身」の域を超えている。もちろん、これは必ずしも、ラスベガス事件のパドック容疑者のような、悪意を持つ銃の収集家が米国に数多く存在することを意味するわけではない。日本人には容易に想像できないことだが、どうやら米国の多くの銃保有者、及び銃規制反対論者にとって、銃の保有は、一種の(政府にも侵されることのない)個人の権利の象徴のようなものなのだ。恐らくそうした意識が(単純な収集癖と並んで)、複数の銃を保有する動機をなしている。平たく言えば、多くの銃を保有することは、あるタイプの人々のプライドをくすぐるのである。こうしたイデオロギー的な色彩が入り込むことにも、規制強化の困難の一端があるのだろう。

とはいえ、米国は殺人事件の発生率が先進国では断トツのトップであり、昨年にも49名の死者を出したフロリダ州オーランドのナイトクラブ襲撃事件が発生するなど、重大犯罪の頻度が増している。このような銃犯罪の蔓延を放置し、無策に終始することは、米国のソフトパワーの毀損にも通じるはずである。

ソフトパワーと言えば、同じPew Research Centerが、もう一つ気になる報告書を出している。フィリピンの人々の米国と中国に対する意識調査をまとめたものであり、それによれば、米国に好意的な見方を持つ人の割合は、2015年の92%から2017年には78%に低下している。一方、中国に対する好意的な見方の比率はこの間、54%から55%とほぼ横ばいであり、結果的に、中国に比した米国の優位が38%ptから23%ptに縮小している。また、世界政治のリーダーとして信頼に足るかという問いに対しては、2015年の米国オバマ大統領については94%がYesと回答していたが、2017年のトランプ氏に対するYesは69%に低下し、一方、中国の習近平総書記はこの間、51%から53%と微増であったため、米中ギャップは43%ptから16%ptに大きく縮小している。

こうした傾向は、部分的には米国嫌い、中国好きのドゥテルテ大統領が依然として高い支持率を維持していることの反映であろうが、米国が蓄積してきたソフトパワーをトランプ氏が食い潰す中で、中国がちらつかせるカネや軍事などのハードパワーの存在感が相対的に強まってきている結果でもあろう。そして注意しなければならないのは、こうした意識の変化の一環として、フィリピンの人々が、対中関係で最も重要なイシューが経済関係の強化であるとみなし始めていることだ。このこと自体が問題なのでは無論ない。しかし、経済関係強化との比較において、南シナ海を舞台とした領土問題を対中関係での重要事案とする見方が大きく減ってしまっているのである。中国の思う壺といったところだが、これは米国のソフトパワーの低下がもたらす国際的な波及効果の一例に他ならない。いうまでもなく、日本にとっても対岸の火事などではない。

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