骨太の方針における財政論議に思う

—将来を見据えた本当に骨太の財政論議をー

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2017年08月31日

  • 道盛 大志郎

6月に閣議決定された骨太の方針2017の微妙な表現が、関係者の間でさざ波を生んでいる。その表現とは、「当面の経済財政運営と平成30年度予算編成に向けた考え方」の章における次の表現だ。

「経済・財政再生計画」で掲げた「財政健全化目標」の重要性に変わりはなく、基礎的財政収支(PB)を2020年度(平成32年度)までに黒字化し、同時に債務残高対GDP比の安定的な引下げを目指す。

昨年までの骨太の方針では、基礎的財政収支(プライマリーバランス)について、2020年度までに黒字化し、「その後の」債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す、と順序が付けられていた二つの財政目標が、「同時に」目指されることになった、と微妙に変化しているように見える。

積極財政派の人々は、これをして、単なる緊縮財政を完全排除した大転換だ、と主張する。これまでは基礎的財政収支の黒字化が先決の目標だったため、不必要な財政緊縮を余儀なくされたが、今般、債務残高対GDP比が同時に達成されるべき対等の目標に格上げされた。この目標は、分母のGDPが大きくなれば、分子の債務残高を縮小しなくとも、比率としては小さくなっていく、成長型の目標だ。しかも、これまで基礎的財政収支黒字化の目標について、「堅持する」と書かれていたのに、今回は「重要性に変わりはない」との表現に格落ちになり、コミットするとの意味合いがなくなった。(守らなくともよくなった?)これらをして、大転換が起こった、とする。

一方、財政当局は、目標の意味合いは変わっていない、むしろ強まったと言っても良い位だ、とする。文章の示すところ、基礎的財政収支を2020年度までに黒字化する目標は変わっておらず、むしろ、その後目指すとされていた債務残高対GDP比の目標が、同時に達成されるべきものと早められたのだ、という。

筆者は以前公務員であったので、時として永田町や霞が関の住人が、文章の「てにをは」の解釈を巡って喧々囂々となる習性を熟知している。しかし、普通に社会生活を送っている人から見たら、随分無駄な論争に税金が使われている、と感じるのではないか?しかも、よりによって我が国最大の問題を巡って、だ。

今や日本国民の誰でもが、現状のまま放置すれば、我が国の財政が中長期的に持続可能でないことに気が付いている。しかし、どこにどうバランスを取っていけば良いのか、意見もまちまちだし、そもそも状況や今後の見通しがどうなっているか、ぼんやりとしか理解できていない。知るべきこと、考えるべきこと、議論すべきことは盛り沢山だ。そのような中で、「てにをは」が争点になること自体が、問題意識の貧困を象徴するものだ。

そうこうしているうちに、「将来の日本にとっては人づくりが大切だから、高等教育を無償化しよう」とか、「それを憲法に書きこもう」とか、それだけ見ればもっともかもしれないが、全体的な視点を顧みない、また、負担する人のことを考えない議論がまかり通るようになってきた。確かに大学の授業料を無償化している国が欧州に存在していることは事実だが、いずれも19~25%の付加価値税を課している国での出来事だ。いつ我が国でそのような覚悟ができたのだろうか?

社会保障について、全体の観点から考えようとの試みは、直近では社会保障国民会議で行われた。今から見れば9年も前の出来事だ。しかも、その議論も、2008年1月から11月までの僅か10か月間限りのことであった。そのこと自体如何かと思うが、それから9年間も空白期が続いて、どれだけのことが人々の記憶に残っているだろうか?

リーマン・ショックの後遺症への対処や東日本大震災からの復興が緊急課題であった時期はともかく、2012年12月から始まったとされるアベノミクス景気が続いて、もうすぐ5年になろうとしている。重要な課題をじっくり議論すべきタイミングは、今をおいてない、というか、そろそろ時機を逸し始めているのではないか?それなのに、財政当局も、来年秋と目される消費税率10%への引き上げ判断時期を控えて、余計な刺激は不要と、すっかりだんまりを決め込んでいる。

社会保障の問題も、教育の問題も、人口減少下の社会や国土の在り方の問題も、これからの日本を考えていく上で避けて通れない重い課題だ。「将来の日本にとって大事だ」という意見と、「財源がない」という意見のぶつかり合いだけでは、決してあるべき解に達することはできない。ましてや、財政目標の表現の些細な違いに拘泥しているようでは、あさっての方向を向いているとしか言いようがない。

せっかく訪れた、真っ当な議論をする環境に恵まれた時間を、みすみす見逃さないでほしい、と思う。

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