賃金インフレへのカウントダウン?

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2017年08月21日

  • 小林 俊介

人手不足は深刻化の一途を辿っている。これは景気の改善という一時的かつ循環的な要因のみならず、少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少という構造要因に依る部分が大きい。従って人手不足の問題は今後も趨勢的に深刻化を続けるだろう。もっとも、過去4年間で日本経済は潜在成長率を上回る成長が継続し、同時に企業収益も過去最高水準に拡大したが、とりわけ正規社員の時給の伸びは鈍い状況が続いた。他方で時給・雇用者数共に改善が見られたのは専らパートタイマーであった。

しかし2016年中頃を境に潮目は変わり始め、非正規雇用の増加が止まり、正規雇用増加が加速している。順を追って状況を確認しよう。過去4年間で、少子高齢化に伴って日本の生産年齢人口は400万人近く減少した。にもかかわらず、この間の労働力人口はむしろ増加している。その理由は女性と高齢者を中心として労働参加率が大きく上昇したことである。しかし、今後労働参加率の大幅な上昇を期待することは難しい。女性労働参加率のM字カーブを見ると、過去数年間の上昇の結果として、米欧先進諸国に比肩しうるレベルに達している。つまり、これ以上の女性労働参加率の上昇余地はある程度限られてきていると考える必要があるだろう。事実、パートタイマーの有効求人倍率はかつてない水準に達している。そしてパートタイマーを見つけることができなくなった企業が消極的ながら正規雇用を増やし始めたのである。結果として、6月の正規社員の有効求人倍率は1.01倍と歴史的高水準に達し、遂に1倍を超えた。正規社員も含めた本格的な賃金インフレに向けたカウントダウンが既に始まっている可能性がある。

ただし、この賃金インフレが「内需の好循環」に火を点けるに至るまでには未だかなりの距離がある。まず生産性の上昇を伴わない単純な賃金インフレは企業からみれば収益圧迫要因以外の何物でもなく、日本企業の業容縮小と空洞化をもたらす可能性は否定できない。賃金インフレの持続性は、IT、R&D、M&Aなどの投資を通じた相応の労働生産性の向上が並行して達成されるか否かに依存していると言えよう。また、こうした生産性向上は総じて時間を要する。単位労働コストの上昇に苦しむ企業は当面、従来以上の「昇給カーブのフラット化」や「働き方改革の美名の下に行われる残業代抑制」などを通じて総労働コストの抑制を図るだろう。そうであれば、新規に正規社員となる層(新卒や非正規雇用からの正規化層)における時給の上昇とセットで、既存の正規社員の給与総額の抑制が当面続く可能性も高いということになる。

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