新興国のマーケットリスクプレミアム
2017年06月27日
日系企業による新興国企業へのM&Aが増えている。当社においても、バリュエーションをはじめ、ファイナンシャルアドバイザリー等でこうした案件に携わることは多く、国内企業へのM&Aと比べ、推進に多大な労力を要すると実感するところだ。デューディリジェンスを通して出てくる商習慣あるいはガバナンスの欠如による会計処理の甘さ、国民性による労働・衛生環境の緩さ、当局の許認可・税制・・・多かれ少なかれ出てくる問題に担当者は頭を抱えるであろう。
バリュエーションについても例外ではない。最も厄介に思うのは、マーケットリスクプレミアムである。マーケットリスクプレミアムとは、大まかに言えば、当該国に投資した場合の期待リターン(※1)のことであるが、実現されたリターンは期間によって異なるうえに、長期間のデータがないことも多い。手法としては、任意の期間のリターンを用いるほかに、MSCIのグローバル指数にカントリーリスクを加える、成熟国市場のリターンを自国の相対的な市場リスクで調整する、等が考えられる。どれも一定の評価を得る理論である一方、実務において一般的と言われるほどに確立された手法はないように思われる。
では、現場ではどれほどのリスクプレミアムが設定されているのだろうか。IESEのPablo Fernandez教授が毎年春に関係者へのアンケート結果を公表している。その中では、米国のリスクプレミアムの平均は5.7%、日本のそれは6.0%と記されており、筆者の感覚・経験におおよそ一致するところだ。しかしながら、新興国を見渡すと、タイでは8.2%等と値が同様に記されているものの、新興国(リスクプレミアムの高い国)ほど回答間のばらつき(同時点における回答間の変動係数)や各年の変動(年次の変動係数)は大きくなっている。すなわち、世界的にも、新興国に対するリスクプレミアムの評価は定まっていないと確認できる。
今後、新興国に対するリスクプレミアムの評価は一定の値に収斂するのだろうか。筆者は、少なくとも実務的には、収斂していくと考える。リスクプレミアムの評価の差は、株式価値の差を通じてM&Aの阻害要因になりうるため、売り手・買い手ともに歓迎しないからだ。シナジー計画の策定が両者にとって最重要であるのに、M&Aの本質でないところで折り合えないのは何とも勿体ない。こうした事態を避けるため、新興国市場のデータや理論の蓄積の助けを借りながら、バリュエーション業界は研鑚を重ね、深化していくのだろう。その一線に身を投じる者として、日々精進したいと思うところである。
(※1)正確には、当該国の株式市場全体に投資した場合に、リスクフリーレートに対して追加的に求める期待リターン
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