一億総ツッコミ社会と働き方改革

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2017年06月12日

  • 前田 和馬

「どいつもこいつも評論家ヅラ」「この国には『ボケ』が足りない!」

そのような帯が目を引く『一億総ツッコミ時代』(※1)という書籍がある。「ネットで、会話で、飲み会で、目立つ言動にはツッコミの総攻撃」、ちょっとした失敗も許されない息苦しい雰囲気が日本の閉塞感に繋がっているのではないかと著者は指摘する。少しでも変な言動があれば揚げ足を取られる、そのような事例は少なくないと筆者も感じる。

そのような「ツッコミ高ボケ低」気圧配置は経済的にもデメリットがある。日本のサービス産業の労働生産性はアメリカの半分以下(※2)であるが、旅行でアメリカの接客を見るだけでも、日本の店員の方がよっぽど機敏に働いている印象を受ける。生産性では測れない「顧客満足度が高い」との意見もあろうが、お客様の厳しいツッコミが過剰なサービス品質を要求し、日本の生産性を押し下げている部分は大きいだろう。

一方、働き方改革に関連し、政府は「残業時間の上限を年720時間」に定める法案を秋にも提出する考えである。これに関する企業の対策は主に以下の三点に分けられる。

まず、減った分の労働力を他の所で賄うこと。具体的には「定年延長で社員数の減少を抑える」「非正規社員を正規化し、現状よりも長時間働いてもらう」等がある。ただし、これらは労働時間を付け替えているだけなので、生産性の上昇には繋がらない可能性が高い。

次に、システムやAI等の新技術へ投資を行い、省力化を実現すること。コストがより安く利便性の高い技術の開発・導入が多いほど、省力化投資の規模が大きくなり、生産性を押し上げると考えられる。

最後に、過剰なサービスを削って、生産性の高い仕事のみを行うこと。昨今の一例として、大手運送会社が時間指定サービスを一部廃止することが挙げられる。ただし、これはコストを掛けずに生産性上昇が期待できる一方、他社にシェアを奪われて売上が減る可能性もある。過剰なサービスを削るために、長期的にはそれに対して「顧客が寛容か否か」、短期的には経営サイドが「多少の売上減に寛容となれるか否か」が肝要となろう。もちろん、無駄を削るという意味では現場レベルでの努力も必要だろうが、「成果は同じで残業だけ削減」を強く求めるのは、従業員にとっては「無茶ブリ」のような気がする。

冒頭の書籍において、著者は「ツッコミ志向」から「ボケ志向」への転身を提言する。「ボケ」の人が増え、過剰品質へのニーズが減れば、日本の生産性は上昇するかもしれない。とか言いながらも、このコラムには「ボケ」がないような気がするが、そういう「ツッコミ」は勘弁してほしい。

(※1)槙田 雄司 (著)、星海社新書(出版元:講談社、2012年)
(※2)滝澤美帆「日米産業別労働生産性水準比較」(公益財団法人日本生産性本部 生産性研究センター 生産性レポートVol.2(2016年12月))(http://www.jpc-net.jp/study/sd2.pdf

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