IoT・AIの発展と教育が目指すもの

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2017年02月24日

  • 道盛 大志郎

昨年末に、二つの国際的な学力調査の結果が相次いで発表された。一つはTIMSSで、国際教育到達度評価学会が、小学4年生と中学2年生を対象に4年毎に実施している。もう一つはPISAで、OECDが、高校1年生を対象に3年毎に実施している。その二つが重なり、いずれもがなかなかの好成績であった。

学校で学んだ知識・技能がどれだけ習得されているかを測定するTIMSSは、算数・数学は小中学生ともに前回と同じ世界5位、理科ではいずれも順位を上げて小学生が3位、中学生が2位であった。

学んだ知識・技能を実生活の課題にどの程度活用できるかを評価するPISAは、読解力が順位を落として世界8位となったものの、数学的リテラシーは5位、科学的リテラシーは2位と堂々たる成績であった。

これらの調査の成績は、2000年代前半に目に見えて低下し、特にPISAについてはOECD諸国平均にまで落ち込む分野も出て、「ゆとり教育の悪しき影響」と随分話題になった。それが、2000年代終わり頃から回復傾向を見せ、今回の両調査においては、初めて文部科学大臣がコメントを出すまでに至っている。

筆者は長らくの間、我が国の長所をよく表現してくれる指標として、これらの調査に注目していた。日本の強みを話す際のネタにもよく使った。しかし、ここ数年は躊躇するようになっていた。その理由は、もちろん、IoT(モノのインターネット化)やAI(人工知能)をはじめとする、IT技術の目覚ましい進歩である。これらの進歩によって、IoTやAIで代替できる仕事の範囲が着々と広がり、人との役割分担は変わっていく。労働人口の約半分は20年以内に代替可能との試算もある。しかも、その影響の表れ方は、我が国にとって、より厳しい試練になると思ったからだ。

IoTやAIは、さまざまなデータ同士を瞬時に繋ぎ合わせたり、膨大なデータを瞬時に処理しながら、状況を分析し、解決策を提示し、プロセス全体を制御・管理していくことができる。しかも、それを人間では考えられないスピードで行い、学習して自らを向上させていくこともできる。そうすると、人間でいえば、当たり前のことを上手に正確にこなしたり、事態を着実に把握しながら小さな改良やカイゼンを積み上げていったり、匠の技術や高度な擦り合わせにより丁寧なモノづくりをしたり、といったことは、いずれ人間離れしたこれらの技術に凌駕されていくことになるであろう。これらは、取りも直さずこれまで日本の強み、日本の美徳とされてきた事柄だ。

TIMSSやPISAが測定する能力は、これからも、日本国民のスムーズな家庭生活や社会生活の基盤を担ってくれるであろう。しかし、我が国の産業や経済が、世界に伍して発展していくに当たっての指標にはなり得ない。世界のどの国も、同じIoTやAIを購入しさえすれば、これまでの日本の強みを再現できてしまうからだ。

したがって、これから教育が注力しなければならないのは、IoTやAIが苦手な分野、例えば創造力とか、抽象的論理の思考力とか、微妙な感情を理解し対応する能力とか、高度なコミュニケーション能力とか、でなければならないと思う。しかもそれらをかなり高いレベルで達成していく必要がある。こうした能力も、部分的には、IoTやAIが代替してしまうであろうからだ。

こうした問題意識は、今般発表された学習指導要領に盛り込まれてはいるが、内容的にはこれまでの路線を継承した上での接ぎ木のようなものであるし、何よりも、入試や塾の在り方も含めた教育全体にメスを入れていかなければ、結局は何も変わらない。また、中国などの背中が遠くなり始めた大学ランキングに象徴されるように、高等教育の強化も喫緊の課題であろう。

TIMSSやPISAでの復活は、喜ばしい出来事ではあるものの、その意義は、急速に限定されつつあるように思う。

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