マイナス金利政策は「打ち出の小槌」か
2016年09月08日
2017年度予算の概算要求をみると、16年度の要求と比較して国債費が1.4兆円減っている。報道によれば、利払い費を見積もる際に想定する金利を引き下げたためだという。国債を購入しようという投資家にとって金利収入が減るのは困ったことだが、国民全体にとっては、政府の金利支払いが減って税負担が減るなら望ましい。
金利の想定を引き下げた理由は、いうまでもなく、現実の国債金利が低いからである。これまでの政策効果などについて総括的な検証を行うと日銀が7月末に発表して以降は、金利が少し上昇したが、それでも16年1月に「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が導入されてからは、多くの国債がマイナスの利回りで取引されている。
利払い費が減れば、その減った分を他の歳出に充てることができるという発想が当然に生まれる。実際、15年度補正予算では1.3兆円、16年度第1次補正では0.8兆円、第2次補正では0.4兆円の国債費が減額され、追加歳出の財源になっている。マイナス金利政策は、まるで「打ち出の小槌」のようである。
しかし、未曽有の金融緩和は、物価安定目標が達成できていないがゆえに長期化しているのであって、首尾よくデフレ脱却を達成して、できるだけ早くやめたい政策である。インフレ期待が醸成されてくれば金利は上昇するはずで、経済再生を期待できる予算であればあるほど、本来は金利上昇を心配しなければならない。
いずれ金利が上昇するまでの間の利払い費の低減分にしても、それは日銀が極めて高い価格で国債を大量に購入することで実現している。会計上でいつ認識するかはともかく、いずれは日銀に損失が発生し、それは国民全体の損失になる。9月1日に日銀が公表した「債券市場サーベイ」(8月調査)では債券市場の機能度判断DIが著しく悪化し、国債価格がますます歪んだものになっていることが強く示唆された。
また、政府は市場の需要に応じて国債の満期構成を長期化させているが、その国債を大量購入する日銀が、超過準備という当座預金を積み上げて民間に対する負債の超短期化を進めている。将来、金融政策が出口に向かう際には、日銀当座預金に付す金利を引き上げる必要に迫られるであろうから、これまた国民全体の損失になる。
こう考えると、政府の利払い費の減少分は他の歳出として使ってしまうのではなく、日銀の資本として引き当てておかなければならない。マイナス金利政策は「打ち出の小槌」のような伝説上の「呪具」ではない。この点、政府と日銀による13年1月の共同声明は、そうした損失を少しでも小さくすることが含意されていたのではないか。日銀は金融を適切に緩和し、政府は成長戦略と財政健全化を推進するという、それぞれの役割を再確認する必要があるだろう。
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調査本部
常務執行役員 リサーチ担当 鈴木 準
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