保有資産によって社会保障給付を制限してもよいのか?
2013年12月17日
今年8月に発表された社会保障制度改革国民会議の報告書では、社会保障制度について「給付は高齢世代中心、負担は現役世代中心という構造を見直して、給付・負担の両面で世代間・世代内の公平が確保された制度とすること」(※1)が提唱された。
以後の社会保障制度改革の審議においては、高齢世代の中でも費用負担能力の高い人については医療・介護等の保険料や窓口負担などを引き上げる方向で検討が進められている。その中で特に目新しいのは、はじめて「所得」だけでなく「資産」をベースとして、社会保障給付の制限が検討されたことが挙げられる。
厚生労働省は、現在、特別養護老人ホームに入居する高齢者のうち所得が低い者に対して支給されている介護保険の補足給付について、一定以上の資産がある場合を対象外とする案を検討している。これは「福祉的な性格や経過的な性格を有する給付であるが、預貯金や不動産を保有するにもかかわらず、保険料を財源とした補足給付が行われることは不公平である」(※2)というのが検討の理由である。
高齢者の中には、資産を取り崩しながら生活している人も多く、資産の額には大きな格差がある。このため、所得は少ないが資産は多いという高齢者についても一律で「低所得者」として手厚い社会保障給付を行うというのは不公平だという考え方も出てくるだろう。
この件については、実際に資産を捕捉できるのかという実効性の問題や、不動産や保険も資産にカウントすべきかといった資産の種類別の公平性の問題も上がっているが、筆者は別の観点から問題提起をしたい。資産をベースとした社会保障給付の制限は現役世代と高齢世代で異なる意味を持つのだ。
そもそも社会保険は負担と給付が紐づけられていることが大原則であり、本来、資産によって給付に制限を設けることは社会保険の考え方にはそぐわない。ただ、現在の高齢者世代が全体として給付に見合うだけの保険料の負担をしてこなかった側面もあり、現在の高齢者世代が保有している資産は、ある意味では保険料の負担が少なかったがゆえに積み上げられたとも言える。このため、世代間の公平性や社会保障給付の効率化の観点から、現在の高齢者で資産が一定以上ある人について「後払いの保険料」という意味合いで社会保障給付を制限することはあってもよいかもしれない。
だが、これから消費税率が引き上げられるなど、現在の現役世代は自分たちが受け取るべき社会保障について応分の負担をしていくことになる(これまでの世代が積み上げた国債残高を減らすことも考えれば、応分以上の負担をしていくことになる)。では、現在の現役世代のうち自助努力で老後の資金を蓄えた人に対して、高齢者になった時に資産があることによって社会保障給付を制限するとどういうことになるだろうか?
現在のところは「資産」をベースにした社会保障給付の制限は、介護保険の補足給付に限った検討だが、この考え方が年金給付や医療費の自己負担割合などにも波及してくると、現役世代の貯蓄行動に大きな影響を与えかねない。
資産がある人については年金を減らされたり、医療費の自己負担割合が上がったりすると、現役世代が貯蓄や投資によって自助努力で老後のための資金を蓄えることは割に合わないと考えるようになるかもしれない。特に所得の高い人は資産を捕捉されまいと海外に移したり、海外移住も考えたりするかもしれない。
資産をベースとした社会保障給付の制限を検討する際には、その含意が高齢世代と現役世代では大きく異なることを考慮しなければならない。
(※1)社会保障制度改革国民会議「社会保障制度改革国民会議報告書~確かな社会保障を将来世代に伝えるための道筋~」(平成25年8月6日)、6ページ。
(※2)厚生労働省「第53回社会保障審議会介護保険部会資料 資料2 参考資料」(平成25年11月27日)、91ページ。
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