検討始まる日本版スチュワードシップ・コード
2013年09月10日
金融庁では、機関投資家が適切に受託者責任を果たすための原則を策定することを目的として、「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」(以下、「検討会」という)を設け、年内の取りまとめを目指して作業を開始した。これは「企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い範囲の機関投資家が企業との建設的な対話を行い、適切に受託者責任を果たすための原則について、我が国の市場経済システムに関する経済財政諮問会議の議論も踏まえながら検討を進め、年内に取りまとめる。」との「日本再興戦略」(※1)における方針に対応したものである。
検討会の名称にも含まれるスチュワードシップ・コードとは、機関投資家に向けて、2010年に英国で策定された行動原則のことだ。英国のスチュワードシップ・コードでは、機関投資家に対して、投資先企業と対話(これをエンゲージメントという)し、企業経営が長期的な成長を志向するよう方向づけることと、株主総会議案について適切な投票を行うことが要請されている。また、対話や議決権行使結果について開示することも求められる。
8月6日に第一回の検討会が開かれたばかりであり、日本版スチュワードシップ・コードの具体的な内容は明らかではないものの、機関投資家側には、困惑の声が多く聞こえる。さほど多くはないものの筆者が感想を聞いたいくつかの機関投資家からは、投資先企業と対話したり、株主総会で議決権を適正に行使したりすることは当然であるものの、それを公表することには大きな躊躇を覚えるという反応があった。投資先との対話や議決権行使は、顧客から運用を受託した資産の管理に関する情報であるから、顧客向けに報告することはあり得るにせよ、広く公表するべきではないという。また、株主提案の中には、労働問題や環境問題等、政治的な主張を含むものが少なからずあり、機関投資家が株主提案への投票結果を公表すれば、政治的な問題へ巻き込まれかねないとの危惧もあるようだ。
英国スチュワードシップ・コードでは、投資先との対話や議決権行使結果の公表という点について公表すべきとされているが、公表しないこともできる。これは“Comply or Explain”といわれる規制の方法で、ある規範に従う(Comply)べきであるが、従わない理由を合理的に説明(Explain)すれば従わなくともいいというものだ。つまりは、順守するかどうかは自主的に判断できるということだ。英国の機関投資家の対応を見ると、たとえば議決権行使結果の開示に関しては、全ての投資先企業の株主総会における議決権行使結果を開示するところもあれば、部分的に数社分の結果を開示する機関投資家、全く開示しない機関投資家もあり、対応は分かれている。開示しない場合の理由としては、顧客資産に関する情報であるから開示するべきではないとするところが多いようである(※2)。
日本でも議決権行使の集計値については、2010年から投信会社等で開示が行われるようになっているが、これについて顧客からの問い合わせ等は極めて少なく、顧客の関心は低いようである。それをさらに投資先各社の株主総会議案ごとに個別に開示することを顧客が求めているとは考えにくい。
もっとも日本版スチュワードシップ・コードは「企業の持続的な成長を促す観点から」機関投資家の影響力を活用するものであり、顧客向けの情報ではないとも言えそうである。しかし、それならば、投資先企業との対話や議決権行使、またそれらに関する情報開示が、どのように「企業の持続的な成長を促す」ように機能するかを、明らかにしなければならないだろう。英国スチュワードシップ・コードのもととなった統合規範は、1998年に策定されており、それから数えればすでに15年の歴史がある。英国における機関投資家と企業の対話は果たして成功しているのか、英国企業の競争力が機関投資家の影響によって強化されているのか、十分に見極めたうえで、日本の現状にふさわしい検討が求められるように思える。
参考レポート:「アベノミクスによる企業ガバナンス改革~日本版スチュワードシップコードと長期的投資推奨がもたらすもの~」『大和総研調査季報』 2013年夏季号(Vol.11)掲載
(※1)首相官邸「日本再興戦略-JAPAN is BACKー」(平成25年6月14日)
(※2) Investment Management Association “Stewardship Survey”
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政策調査部
主席研究員 鈴木 裕
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