成長戦略は利用者に配慮した競争政策で

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2013年09月03日

今、安倍政権の成長戦略が試されている。今秋に発表される成長戦略の第2弾も含めて、第三の矢が成功するかどうかが、今後の安倍政権だけでなく日本経済の方向性を決める大きな分水嶺となるだろう。

成長戦略は金融・財政政策とは異なり、即効性に乏しく、政策も多岐にわたり、一見するとつかみどころがないような印象を与える。そのために議論が散漫になったり、より即効性のある分かりやすい補助金や優遇税制が多用されるといった問題が生じやすい。

そもそも経済成長には何が必要なのだろうか。それは労働生産性を高めることだが、労働生産性は一人当たりの資本(機械などに加えて健康状態や教育水準といったヒトに蓄積された資本も含む)と経済全体の生産性(いわゆるTFP)で決まってくる。一人当たり資本を増やせば労働生産性は確かに上昇するが、資本の希少性がなくなるので投資をして資本を蓄積する誘因は下がっていくことになり、それだけでは持続的な効果は望めない。

持続的な成長を実現するには、TFPの上昇が不可欠である。TFPは計測上、生産要素で説明できない部分とみなされるが、要は技術進歩(イノベーション)と資源配分の効率性を表し、これらが改善すれば持続的な成長が可能になる。技術がいくら進んでいても、資本や労働が社会全体で効率的に活用されていなければ、その分、生産は抑制されることになるからである。

外的な環境は不断に変化しているので、どの分野でどの資源が必要とされているのかを迅速に示す価格や賃金といった情報がうまく人々に伝わらないと、資源が適切に配分されずに成長を押し下げる要因となる。例えば、認可保育所の利用料金は、利用者に配慮して公的規制で低額に抑えられている。しかしこれでは、事業者の参入が増えず、そして共働き世帯が増える中では利用者も殺到するため、待機児童の問題はなかなか解消されない。これを解決するには、一旦市場による調整に任せて事業者の参入を増やしつつ、ある程度利用者の抑制を図る必要がある。懸念すべき問題は保育所の利用料金が高くなることであるが、それについては現在のような事業者に対する補助金ではなく、利用者への補助金支給によって利用者負担を軽減し、利用者による選別で事業者が提供するサービスの質を高めるといった方法が考えられる。

次に、持続的な技術進歩は何によってもたらされるのか。それはあらゆる人々が試行錯誤しながら、様々な分野にチャレンジしていくようなプラットフォームを作ることであり、それには政府の力が必要である。例えば、市場への新規参入者と既存事業者を差別せずに事業環境を揃える一方で市場からの退出を容易にする規制緩和や、研究開発を促す知的財産権の保護、そして公正取引委員会等の規制官庁による監視を強化して市場参加者にルールの遵守を徹底させるといったことが求められる。

技術進歩を促すために成長が期待できそうな分野へ財政的な支援を行うという方法もあるが、日本の経済・社会が成熟化して手本となる先導者が他に見つからない現状では、何が成長するのかは究極には分からない。もちろん、高齢者関連のビジネスやエネルギー・環境といった分野の成長期待が高いのは理解できるが、実際に政策を行う場合は対象分野を絞り込む段階で政策担当者の恣意性が入り込む余地があり、今後は慎重であるべきだ。

社会的な配慮を行うため、価格規制などで事業者側の行動に制約をかけることは、外部環境の変化が激しい時代には民間の創意工夫を妨げる可能性がある。必要なのは、変化に柔軟に対応できる市場機能に身を委ねつつも、様々な配慮は財やサービスを選ぶ側への財政的な支援等で対処するといった手段の棲み分けであろう。利用者の立場に配慮したルールベースの競争政策を実現していくことが、これからの持続的な成長を実現するためには必要不可欠と考える。

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溝端 幹雄
執筆者紹介

経済調査部

主任研究員 溝端 幹雄