地域の視点から見た成長戦略
2013年06月04日
アベノミクスの三本の矢の最後である「成長戦略」が間もなく公表される。内容は新市場の創出や国内産業の再興、そして企業の国際展開の加速が主軸になるものと思われる。日本は超少子高齢社会とグローバル化という厳しい環境の下で経済成長を実現するために、1人当たりの労働者ができるだけ高い付加価値を生み出すような労働生産性の向上が急務である。アベノミクスの成長戦略もこの点を狙いとしている。
労働生産性の向上には、労働者1人当たりの資本ストックを増やすだけでなく、イノベーションや生産的な分野への資源配分を促す競争的な市場環境が必要である。具体的には、規制緩和や開放的な海外取引の拡大等が重要と考えられるが、サービス産業がGDPの7割を占める現状では、サービス産業の生産性を高める人口集積の促進も重要である。これは特に、地域の成長戦略として重要な意味を持つ。
サービスは財と異なり、生産と消費が同時に行われる性質がある。沖縄の理髪店の料金が安いからといって、東京からわざわざ高い交通費を払って沖縄まで散髪に行く人はいないだろう。また、同じ設備を有する理髪店でも、人通りの少ない場所で営業するよりは、人が集まる場所で営業する方が回転率は高まり、1人当たりの供給コストは安く済む。つまり、サービス産業は供給エリアが限定されているため、人口密度が高い地域に立地するほど、サービス産業の生産性は向上するものと考えられる。さらに、一定程度の人口が集まれば、多様なサービス需要が発生するので新市場も起こりやすく、多様な雇用が生まれやすいため多様な人材も吸収できる。多様な人々が集積すれば、新しいアイデアが生まれやすくなるので、イノベーションにも貢献できる。
図表は全国47都道府県の人口密度と1人当たり県民所得(いずれも対数値)の関係を描いたものである。すると、人口密度が高い地域ほど1人当たり県民所得が高くなる傾向がみられる。これは集積の利益が地域の生産性を高めて、経済活動を底上げすることを示唆している。
ただし、両者の関係を近似した傾向線からのばらつきもそれなりにある。傾向線からの乖離は、1人当たり県民所得の決定要因について人口密度では説明できない部分を示している。人口密度の割には1人当たり県民所得の高い地域には東日本が多く、例えば、東京や静岡、栃木、富山といった地域が含まれる。一方、人口密度に比べて所得が低い地域には西日本が多い。例えば、大阪や沖縄、長崎、熊本、鳥取、高知といった顔ぶれである。特に大阪の人口密度は、他の地域と比べてかなり高いにもかかわらず、1人当たり所得は滋賀や静岡よりも低い。集積の利益をうまく活用できていないのが現状だ。
こうした点を改善するには、コンパクトシティのような地方中核都市への人口集積によって生産性を高める工夫を図ると共に、地域の得意分野を伸ばしていくなど地域の競争力を高めていく政策も必要であると考えられる。

(出所)内閣府「県民経済計算」、総務省「国勢調査」より大和総研作成
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- 執筆者紹介
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経済調査部
主任研究員 溝端 幹雄
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