中国貿易統計'水分'の背景

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2013年05月17日

  • 金森 俊樹

中国の本年第1四半期の輸出の伸びが発表された時点で、すでに中国内では、欧米向けの輸出がそれほど伸びていないにもかかわらず、対香港輸出のみが突出して増加していること等から、この高い輸出の伸びを‘座火箭(ロケットに乗る⇒実力を伴っていないのに、幸運に恵まれて一気に高い地位に着くといった否定的ニュアンス)’と評して、ほんとうの貿易の実態を伴っていない‘虚暇貿易’、‘水分、被増長(水増し、膨らまされている)’ではないかとの見方が出ていたが、4月の貿易統計でも、全輸出の伸びが対前年同期比14.7%と、再び市場の予想(8-12%)を大きく上回ったことから、そうした見方がさらに強まっている。4月統計発表直前の5月5日、外貨管理局(SAFE)が「外貨資金流入管理に関する通知」を発表しており、当局も、貿易に偽装して内外金利差や人民元相場の先高期待を背景にホットマネー(熱銭)が流入し、それが人民元相場へのさらなる上昇圧力になっていることを懸念していることが明らかとなっている(5月13日リサーチ、‘中国:輸出急増の主因は偽輸出による水増しか’)。

貿易統計をかく乱する中継地としての香港
中国の輸出先貿易統計を見る上で、香港の扱いは、以前から、かく乱要因となっている。2013年第1四半期の輸出の対前年同期比伸びは18.4%だが、対香港輸出が74.1%と大きく伸びており、香港を除くと9.2%の伸びに留まる。4月の対香港輸出も、やや勢いは鈍化したものの、なお57.1%と高水準の伸びである。以前から、中国側の対香港輸出の数値は、香港側の対メインランド輸入の数値を上回る傾向にある(2012年を見ると、前者が7.9%の伸びに対し、後者は5.8%)。中国海関(税関)当局は、この不一致に関し、中国側統計では、輸出業者が最終輸出先を了解せず、目的地としてとりあえず香港と申告する場合が多く、これらがすべて香港向け輸出とされるが、香港側統計では、香港内で消費または加工等されず、単に通過し再輸出されるだけの貨物は、香港の輸入として計上されないことが大きいとしている(4月11日付人民網)。しかしこれだけでは、両者の乖離が昨年末から急速に拡大していることの説明にはならない。
第1四半期の特徴として、広東省、なかでも香港に隣接する深圳の輸出の伸びが突出していること(金額ベースで前年同期比69%の伸び、メインランドの輸出増加全体の約半分は深圳で発生)、しかし深圳港でのコンテナ取扱量をTEU(20フィートコンテナ)単位で見ると、わずか5.3%の伸びに留まっていること、他方で、保税区域内の貨物量が急増していること(1,146億ドルと対前年同期比約3倍)から見て、深圳の福田等の保税区域を利用してのオーバーインボイスが広範に行われている可能性が極めて高い。深圳保税区域付近では「香港1日游」の広告が多く、「1000万元の貨物を80回輸出させ8億元の輸出にした」(深圳の電子部品輸出業者、5月10日付第一財経)、「貨物を香港との間で何回も行き来させ、40日間で16億ドルの貿易にした保税区域もある」(4月11日付21世紀経済報道)等の声が公然と聞かれている。深圳は香港に隣接する一方、貿易量も膨大なため管理が行き届いていないため、容易に貨物を行き来させて、見かけの貿易を大きくする舞台になりやすいとの指摘もある(中国国際経済交流中心研究員、4月27日付財新網)。

輸出水増しが急増する背景
短期的要因と中長期的・構造的要因に分けて考える必要がある。短期的には、内外金利差、人民元相場の上昇期待の強まり、およびメインランド内での影子銀行と呼ばれる高利回りの様々な信託(理財)商品への投資機会の拡大が三大要因と言えよう。現在、一般的な年貸出金利水準は、香港ドル2.25-2.5%、米ドル2%強に対し、メインランドでの1年定期預金金利は3.3%前後と高い。具体的には、自己売買を繰り返すことによって輸出申告額を高め、それを基にした信用状をメインランド内の銀行に持ち込み、さらに一定額の人民元を預ける一方、当該銀行の香港子会社から米ドルの融資を受ける‘内保外貸’といった行為が盛んに行われているという(5月10日付第一財経等)。こうして流入させた外貨を利回りの高い理財商品に投資し、また人民元の上昇により為替差益も享受するという構図になっている。そして、こうしたホットマネーの流入が、さらに人民元相場の上昇圧力になるという悪循環が生じているのが現状だ。
構造的観点から、より注意すべき点がある。ひとつは、言うまでもなく統計の信頼性の問題だ。マネーサプライや失業率統計等でも以前から指摘されていることだが、虚暇貿易に基づく貿易統計を基に、輸出が堅調であると見なされると、政策当局が景気判断において重大なミスを犯し、ひいては誤った政策発動(もしくは未発動)につながるおそれがある。第二は、こうした虚暇貿易の背後に、引き続き成長志向の強い地方政府の存在があることだ。ある貿易関係者が明かしたところによると、昨年4月、華東7省市外貿形勢座談会において、参加地方政府は年10%の輸出目標を達成するため努力するとの‘軍令状(目標が達成できなかったら責任をとる)’を書き、各省市が各々の目標値を設定し、さらにそれを下部機関に伝達したとされる。ところが昨年来、外需が盛り上がらない状況下で、上部組織からの輸出拡大圧力に対応するため、‘非正常’な方法で目標を達成しようとする地方政府が増えている。各地方の2013年の経済成長率目標値も10%を超えるところがほとんどで、そうした高成長を高いインフラ投資で実現しようとしていたが、投資拡大は過剰設備に直面して当初想定していたほどは期待できず、結局、成長率目標達成のため外需拡大に向かわざるを得なくなっている(4月11日付商務評論等)。地方政府の実績評価(政績)システムの問題が、このように本件にもからんでいるとすると、潜在的に常に、今回のような現象が生じる危険性を抱えていると言うべきだろう。

一定の効果は期待できるか、SAFEの新措置
同通知は二つの柱から成っている。第一は、銀行に対し、一定の算式の下に算出される値、すなわち(前月末の外貨貸付残高-前月末外貨預金残高×参考預貸率(中資銀行75%、外資銀行100%))×国際収支調整係数(0.25)以上のネット外貨ポジションを維持することを義務付けたこと(すなわち、外貨ポジションを過去の外貨融資・預金にリンクさせることによって、外貨融資可能額を抑制する)、第二は、貿易貨物と外貨収支の分類管理を徹底させ、両者の乖離が著しい貿易業者に対し説明を求め、要管理企業リストを発表し監視を強めることである。後者は、もっぱら貿易偽装を抑止するねらいがある。前者については、人民銀行統計を見ると、昨年後半から外貨の預貸率は上昇し、2013年3月時点の預貸率は170%を超えている。預金を上回る貸出はもっぱら「外貨売買」という項目でファイナンスされており、これが銀行へのホットマネー流入を示していると考えられる。最低外貨ポジションの義務付けは、ホットマネー取り入れのコストを高め、こうした銀行の行為を抑制し、人民元相場上昇圧力を緩和しようとするねらいがある。13年3月の計数を基に、銀行が手元に置かなければならなくなる外貨ポジションを算出すると約1,000億ドル強となり、これまでポジションがマイナスであったことも考えると、一定のインパクトはあるとの予測が多いようだが(5月6日付経済参考報)、効果を見極めるにはなお時間を要しよう。

預貸率の推移

(資料)人民銀行統計より作成

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