企業にとっての社員健康データ分析の可能性

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2012年11月26日

  • 高野 英之

<企業にとっての社員の健康>
「健康」をテーマとした経営コンサルティング・ニーズが最近増えてきている。企業が好調な業績を維持するための一つの要素として、職場で働く社員が健康であること、を挙げるトップマネジメントは数多くいる。医薬品・化粧品や健康器具・食品などを扱う企業の場合は、自社の取扱商品と企業イメージとの関係から、当然社員の健康状態を重視する傾向にある。また近年はそれだけでなく、自動車部品メーカーや機械部品販売など直接関係がなさそうな企業でも社員の「健康」を重視し始めている。


もっとも実際にコンサルティングを行うと、現場の雰囲気はそれとは異なる場合が少なくない。なぜなら、現場の人々にとっては売上高や利益の確保が重要であり、そのためには社員の多少の「無理」は止むを得ないと考えている場合が多いからである。


そこで我々コンサルタントの出番が回ってくる。トップマネジメントの思いと現場の状況とを上手く繋いでいく役割である。ちなみに、この類の案件には健康保険組合や人事部が加わることが必須となる。実際のコンサルティングの進め方は、多くはまず健康データ(健康診断やレセプトのデータ)を用いて、クライアントの役職員について以下の関係を洗い出していく。



このための分析手法としては、通常の統計分析はもちろんのこと、近年では次に述べる「データマイニング・アプローチ」をとることも多い。そしてさらに必要になってくるのが、現場への理解を求めるための健康と生産性との関係の説明であり、最後に述べる「プレゼンティーイズム」が鍵となってくる。


<データマイニング・アプローチ>
健康データの分析は、その他の種類の統計分析と分析手法自体は同様である。つまり、まずは頻度分析を行い次には相関分析を行う、といったものとなる。しかし、統計分析の状況は近年大きく様変わりしており、当然その影響は健康データ分析にも及んでいる。


まず最も大きく変わったのは、データ自体の環境である。伝統的な統計分析では、サンプルとなるデータの数が少数であるのが前提で、それらから目的とする母集団の統計量を推計するというものであった。しかし、近年は「ビッグデータ」といわれるように、大規模データが既に存在する場合が少なくない。そこで生まれてきた分析手法が「データマイニング」である。健康データも同様で、企業ごとに整備・蓄積が進んでいる。そのため健康データ分析の手法も、このデータ環境の変化に応じて変わりつつある。


通常の統計分析は、最初にモデルを仮説として設定し、その妥当性をサンプルデータによって検証するというものである。これに対して、データマイニングは「予測モデルはデータに訊け」といったアプローチである。つまり、なるべく前提を置かずにデータからモデルを構築する、というアプローチをとる。


例えば、実際にコンサルティングを行ったある企業において、特定健康診断の全役職員のデータが提供された(もちろん個人情報は除いてある)案件があった。これら健診データから、「生活習慣病」各種についての因果関係を整理する必要があった。そこでデータマイニングの一手法であるベイジアンネットワークによって予測したところ、以下のような結果が浮かび上がった。



この関係自体は、実は一般的な認識と同じであろう。しかしほとんど仮説設定も無く、データから直接得られた結果であることが重要である。


さらに、この企業では30代・40代の若くて働き盛りの年齢階級から肥満の割合が多い傾向が見られた。その肥満が、最終的には高額のレセプトを発生させる糖尿病に繋がると予測されたのである。そして健康対策としては、これらの若い年齢階級をターゲットとするプランが適切であることが、データから裏付けられた。


<プレゼンティーイズム>
プレゼンティーイズムとは、ハーバードビジネスレビューのポール・ヘンプや、ハーバードメディカルスクールのチャールズ・ツァイスラー等によって論じられているものである。この概念は、職場にプレゼント(居る)していても、体調が優れないせいで頭や体が働かず、生産性が上げられない状況を意味している。実際の測定方法は、就業状況のアンケート等を用い、事例によっては数百億円もの損失が計算されることもある。


社員の健康と企業の生産性を考える概念としては、これまでは「アブセンティーイズム」が用いられていた。これは、病気等によって会社をアブセント(休む)することである。この場合の企業にとっての損失把握は分かりやすい。単純に、基準となる生産性と実労働時間から、失われた生産量を把握することができる。


社員が病欠するような場合の生産性低下を計る指標としては、アブセンティーイズムはもちろん有効であろう。メンタルケアが重視されるのもこの文脈からのものが主となっている。ただ、今日の企業においては新たな概念であるプレゼンティーイズムも問題となっていることは忘れてならない。



企業にとっての社員健康データ分析は、分析手法等その可能性が広がっており、また生産性向上に大きく関係すると考えられ始めている。トップマネジメントにとっても現場にとっても、自社の企業経営を考えるに当たって、今後とも重要な論点となるであろう。

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