日中経済関係の冷え込みを考える

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2012年10月12日

  • 金森 俊樹
尖閣諸島(中国では钓鱼岛)の国有化を発端として日中関係の緊張が続く中、日本国内でその経済面への影響が懸念されているが、中国国内ではこの点をどのように見ているのか?中国国内での幾つかの代表的と思われる報道・評論等をサーベイすると、基本的に、日中両国とも経済的に打撃を受けるが、その程度は日本の方が大きいとの空気が支配的である。中国国家信息中心経済予測部研究チームは、日本経済の受ける打撃が相対的に大きい理由として、次の3点を挙げている。第一は、日本経済はなお輸出依存構造で、台湾や香港等を通じる迂回輸出も含めると、対中輸出依存度は30%以上と最大であること、第二に、自動車を始めとして、消費市場としての中国に依存している業種が多いこと、第三に、レアアースを中国からの輸入に依存している程度がなお高く、また中東からの石油輸入の大半は南シナ海経由であり、日中関係の緊張が激化すると、日本の資源確保にも重大な影響があり得ることである。他方、中国も、輸出の鈍化、自動車や電子産業を中心に川上の部品を日本に依存しているサプライチェーンになっていること、外国からの対中投資は日本が最大であることからそれなりの影響を受けるが、中国経済は日本経済と異なって、「青春期から成熟期への移行段階」にあること、財政状況にも余裕があること、その国内市場は巨大であることから、内需の刺激によって、こうした影響を緩和できる余地が大きいとしている(9月18日付中国証券網)。

9月29日付看中国は、政治的・軍事的衝突を避けるとすると、必然的に経済面に影響が出ることになるとし、人民日報等の政府系メディア上での、日本製品を買わない(抵制日貨)、日本国債への投資や日本円への投機を通じて急激な円高を起こすこと、あるいは徴税、環境基準、労働者の権利保護といった面で、日系企業への調査を厳格化するといった形で「抗日」を示すべきとの声を紹介している。その上で、これら日本に対する「経済制裁」は、中国が最大の貿易相手でしかもデフレ状態にある日本経済にとって、「雪上加霜(傷口に塩を塗る)」ことになると論評している。

上海国際問題研究所研究員は、日中関係の緊張が高まると、当然両者がマイナスの影響を受けることは免れない(両敗受傷)が、中国側が経済カードを使う可能性は高いとして、2010年秋の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件が発生した際に、2か月余レアアースの対日輸出を停止した(と同研究員は指摘)例を挙げる。そして日中貿易の相互依存の非対称性から見て、中国は対日輸出の減少を米国や欧州向け輸出拡大で補えるが、日本は中国市場を失うと、他で代替することは困難だとしている。さらに、製造業の先進技術の面で中国が日本に大きく依存していることは事実だが、これも欧米への代替が可能で、また中国企業自身の技術水準を高める機会にもなり得ることから、この面で、日本が何らかの対抗をしても、中国に対し「実質的な打撃」を与えるまでには至らないとしている(9月12日付中国証券時報網)。その他、中国国際問題研究所研究員、商務部研究員、外交学院教授らも、同様の理由から、日本の受ける影響の度合いが中国のそれより大きい(影響を許容する能力は中国の方が高い)との見解を示している(9月14日付潇湘晨報等)。

こうした中国側のとらえ方から何が見えてくるか、3点指摘したい。第一は、日中経済の相互依存関係の程度が非対称的であることは、数年以上前から指摘されてきたことで、中国側も以前から十分認識してきているが、中国が明示的に言及することはなかった。しかし今回、日本からすると、にわかには理解し難い「対日経済制裁」という文言まで人民日報等の紙上で見られるように、この非対称性をあからさまに持ち出すようになったことは、改めて、中国当局にとっては「政治・外交が経済に優先する」、あるいは「政治・外交と経済は一体」と認識されていることが示されたと言えよう。経済的な利害を考慮して、政治・外交面で(彼らからすると筋の通らない)妥協をする可能性を安易に期待することはできない。第二に、そうした中でも、筆者の中国の友人らも含め、「日本製品自体が主犯(罪魁首)というわけではない」、「経済のグローバル化で、どこの国の製品かと言うこと自体、あまり意味がなくなっている」、「日本製品不買は‘愛国’ではなく‘誤国’」、「経済規模が世界2、3位の両国経済関係が冷え込むことは、世界経済全体への影響が大きく、単に両国だけの問題ではない」等の言わば健全な意見も出ていることだ。日本としては、中国国内のこうした声とあらゆるレベルで協調していく必要がある。第三は、相互依存の非対称性から、中国の受ける経済的影響の方が相対的に小さいとの見解が多いものの、中国経済もそれなりのマイナスの影響を受けることは、中国側も当然認識していることだ。本年に入ってからの中国経済成長率の鈍化は、おそらく中国当局にとっても予想以上で、日中経済関係の冷え込みは、中国経済にとっても「雪上加霜」であることは間違いない。中国経済が高成長を維持することは、一般的には、日本経済ひいては世界経済を支える要因となって望ましいが、現在の文脈で考えれば、皮肉にも、中国経済のスローダウンは、中国が対日経済関係を決定的に冷え込ませることをある程度抑止する方向に働いている。その意味で、本問題を考える際に、中国のマクロ経済動向の行方からも目が離せないということになる。

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