TPP:無条件参加ではなく対等な立場での交渉参加を政府は追求せよ

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2012年10月04日

  • 長谷部 正道
9月9日APEC(アジア太平洋経済協力会議)ウラジオストク首脳会合が閉幕した。当初、政府首脳が目指していた今次APECにおいてTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加を正式表明した上で、既存の交渉参加国から交渉参加の承認を得て、12月のニュージーランドにおける第15回交渉から、カナダ、メキシコとともに交渉参加するというというシナリオは、民主党代表選挙直前というような国内政治情勢もあり、結局見送られた。一方、折しも米国で9月6日から15日にかけて開催された第14回のTPP交渉も、11月の米国大統領選挙を控えて、高度の政治的な調整が難しくなっている。そのため、具体的な進展がなく、当初目標とされてきた2012年内の交渉妥結は困難となり、交渉参加国は次の目標として2013年内の交渉妥結を目指すこととなった模様である。こうして一時期はかなり緊張感を持って議論されてきたTPP参加の是非をめぐる国内の論戦も水入り状態となっている。

民主党においては野田総理が党首に再選され、TPP推進という大きな方針に変更はないものと思われるが、最大野党の自由民主党においては安倍新総裁が選出されたが、総裁選で安倍新総裁は「TPPによる聖域なき関税の撤廃に反対」を表明しており、一方で、「維新八策」の中でTPP参加支持を明確にしている大阪維新の会が次回衆議院選挙の結果どの程度影響力を増大させるかなど、TPPをめぐる日本国内の政治情勢は不確定要素が多く、こうした不確定要素が確定するまでTPPに関する検討作業はしばしお休みで良いのであろうか?

TPPは米国が主導権を握る非公開の交渉であり、正式な参加表明もしていないし、参加受け入れも承認されていない我が国には(正式には)情報が開示されないことから、TPP参加についての具体的・正確な議論をするための情報提供が政府から国民に対してなされていない。この結果、自由貿易に賛成か否か、米国の同盟国として対米協調路線をTPPについても貫くか否かというような二者択一的な大雑把な議論しかなされてこなかったことから、国民の間にTPPに対する不必要な誤解と疑心暗鬼を生じている。

最も大きな誤解は、米国がTPPは以前からのFTA/EPAに比べるとはるかに自由度が高いレベルの合意を目指すとしている点から派生している。このようなプロパガンダを真に受けて、日本国内では、農林水産業支持団体を中心にコメなどセンシティブな品目についても例外なき高度の市場開放という結果が不可避であるという前提で強い反発が起きている。競争の自由化というのは基本的には競争力強者の理論である。そうであるならば、米国等のTPP推進国は、国際的相対的に競争力の強い分野ばかりで、日本のコメのようなセンシティブな分野は持たないのであろうか?センシティブな分野があったとして、そうした弱い分野でも、潔くこの際市場開放をTPP推進国は行おうとしているのであろうか?

少しでも冷静になって考えれば、答えは否であることがすぐにわかる。例えば、共にTPP交渉現参加国である米国と豪州の関係を見てみよう。豪州は農産物輸出国であり、米国の農産物より価格優位性を持つ品目も多いので、米豪FTAにおいては砂糖などの品目について農産品保護措置(Agricultural Safeguard Measures)を講ずることが認められている(米豪FTA第3.4条)。豪州からすれば、TPP交渉において、米豪FTAよりさらに高度な自由化を達成することを目指しているが、米国はTPP交渉の早期妥結という大義名分のもとに、既存の二国間FTAの合意事項について交渉をreopenすることを拒否していると伝えられている。

サービスの分野でも例を挙げるとすれば、米豪FTAや米韓FTAにおいては、越境取引(米豪第10条、米韓第12条)や投資(米豪第11条、米韓第13条)の分野において、内国民待遇、最恵国待遇、Local Presence要件の禁止、成果要件の禁止、投資対象企業の役員の国籍要件の禁止など様々な自由化措置が定められているが、米国が全く国際競争力を有さず、WTOの自由化交渉でも徹底して自由化合意の阻止に努めてきた海運の分野については、二つのFTAともに付属書2において、以上の自由化措置について包括的な留保を行っている。例えば、FTAによって連邦海事委員会の権限が何ら制約されるものでないことや、今後保護主義的な二国間或いは多国間協定を新たに締結する権利すら留保している。こうした既存のFTAで認められた米国にとって有利な例外措置については、TPP交渉においても米国は再交渉に応じる見込みはないのである。

日本は依然として世界第3位の経済大国である。米国主導のTPPへの参加がたまたま遅かったからと言って、自国の弱い分野ではしっかりと例外措置を維持している米国等のTPP既存交渉参加国の要求に従って、我が国だけが「聖域なき貿易の自由化」などに応じる義務は全くないのである。我が国のTPP参加は、国際競争力を有する我が国の輸出産業に裨益するばかりでなく、TPP既存交渉国の輸出産業等にも大きな利益をもたらすものである。そのことを踏まえて、既存交渉参加国の要求する加入条件をそのまま受け入れるのではなく、Win=Winの観点から、我が国も少なくとも米国が自国の競争力のない分野において自由化例外措置を留保しているのと同程度の権利を留保することを目指して、正々堂々と加入交渉を行うべきである。

「TPPについては交渉内容がわかりません。」といって、思考停止のまま目をつぶって日本国民をバスに飛び乗らせてはならない。米国等のTPP既存参加国が既に締結している既存のFTA/EPAを徹底して分析し、米国などがどうした分野で弱みを持ち、どのような自由化例外措置を獲得しているかを調べ上げ、「聖域なき貿易の自由化」ではなく、最低限米国等と同等の留保措置をセンシティブな分野では確保するための交渉を、腰を据えて行うべきである。それを前提として、TPP参加のための現実的な自由化措置の内容をきちんと国民に提示し、具体的かつ冷静な議論を国内的に行い、また、我が国の国際競争力が不十分な分野に十分目配りして、我が国の国益に適う例外留保措置付きの二国間FTA/EPAを積極的に締結して、TPP交渉を有利に導くための先例づくりを推進するというような、中長期の大局観に立った交渉戦略が今こそ政府に求められるのである。

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