成長戦略としての「脱原発」

RSS

2012年08月27日

  • 河口 真理子
政府は8月22日、エネルギー・環境戦略に関する国民的議論の結果を発表した(※1) 。昨年政府は中長期エネルギー・環境戦略に関していくつかの選択肢を国民に提示、それをもとにした国民的議論を経て決定するというロードマップを示していた。そしてこの6月29日に3つのエネルギーシナリオを提示し、それに対して(1)全国11か所で意見聴取会を開催、(2)285人を対象とした討論型世論調査を実施、(3)パブリックコメントを7月2日から8月12日まで募集、以上の3つの方法で国民の意見を集約した。


3つのシナリオとは、ゼロシナリオ(2030年までに原発依存度ゼロ)、15(同、15%)、20~25シナリオ(同、20~25%)である。この3つのシナリオに関して、脱原発派からは、いずれのシナリオも電力発電量が2030年で2010年比1割とほとんど省エネ削減分を見込んでいないし、2030年を目標年にするのは遅すぎる。原発支持派からは、20~25%シナリオですら再生可能エネルギー比率を25%にするというのは経済的・技術的にも非現実的である、など多くの批判が集まった。


しかし、あえて3つから選ぶとした場合、意見聴取会では意見表明者の68%がゼロシナリオを支持。討論型世論調査では、討論前調査で32.6%だったゼロシナリオ支持者は討論後調査の場合46.7%に増加、15シナリオ支持者は16.8%から15.4%へと微減、20~25シナリオ支持者は13.0%で変わらずという結果となった。また、パブリックコメントは全国から89,124件寄せられた。そのうち7千件を集計したところ、9割が脱原発を表明していた(※2) 。しかも即原発ゼロが81%、シナリオのような段階的に原発ゼロは8.6%であった。


一方で、経団連は7月27日に「エネルギー・環境に関する選択肢」に関する意見を公表したが、いずれものシナリオも再生可能エネルギー比率が増えることは経済的に問題あるとしながら、20~25シナリオは原子力を維持する姿勢を評価するとしている。


以上から見える図式は、国民感情は脱原発だが国民経済を考えれば原発維持が妥当ということだろうか。この結果や、今までの原発に関するマスコミ報道をみていても、脱原発派は安全性重視だが感情的で非論理的、原発支持派は経済重視で理論的という整理がされているような気がする。感情や価値観となると議論が拡散するのでここでは触れないが、経済性ということに焦点をしぼっても、はたして原発維持が経済的で脱原発は非経済的なのだろうか?


これらの議論の前提条件は、原子力発電は安定的発電ができて低コスト、再生可能エネルギーは安定せず高コスト、化石燃料は市場価格変動にさらされておりコストが不安定、さらに原油価格の上昇によりコスト上昇が予想され、また温暖化の問題がある、というものである。確かに再生可能エネルギーは現段階では電源としては不安定であり、またコストも高い。固定価格買取制度の導入によって市場拡大が期待されるが、この制度は、割高な再生可能エネルギーの発電コストを国民が負担するという一種の補助金制度でもあり、再生可能エネルギーを推進するためには、国民に高い負担を強い、企業の競争力にマイナスという指摘も一理ある。しかし、それは現状の市場規模や価格を前提とした話である。今回のエネルギー・環境戦略は、長期的な戦略である。市場や価格・技術は常に変化するものだ。


フィナンシャル・タイムズ(FT)の2012年7月30日付インタビュー記事の中で、ジェネラル・エレクトリック(GE)のジェフ・イメルトCEOは「原発は(経済的に)正当化するのが非常に難しい」と語っている 。放射能に汚染された福島の状況をみても、事故の経済的リスクは巨額になるのは明らかである。イメルトCEOは、シェールガスや風力など再生可能エネルギーの競争力が今後上がり有望視されていること、太陽光パネル価格が大幅に低下し競争力が増していることも指摘している。


再生可能エネルギーのコストは、今後の技術開発・生産拡大への投資によって変わるはずだ。たとえば、現在の液晶テレビの価格を5年前に誰が予想しただろうか?同様の価格変化が太陽光パネルに起きたらどうだろうか?メーカーにとっては大変だろうが、太陽光発電はどの家庭でも当たり前になっているかもしれない。また風力発電に関しても風況が安定しているデンマークなどには合うが、日本の変わりやすい風況では難しく、現状の風力発電は失敗といわれる。しかし、秋田では県や地元の経済界・大学を巻き込み千基風車を建てる計画が進行中だ(※3) 。こうした動きがほかの地域にも広がり需要が増えれば、日本の風況にマッチした効率の良い風車開発にも弾みがつこう。また、自動車、家電、住宅建物、いずれも省エネ化が製品開発のキーとなっている。こうした製品の浸透は社会自体を省エネ体質に変えていく。そういえば、今年の夏は猛暑にもかかわらず、昨年のような我慢の節電の話はほとんど聞かれないようだ。


なお、原発推進の理由として、廃炉などの技術継承が必要だから、というものもある。また原発を止めると立地自治体の経済にマイナスの影響が大きいともいわれる。そうならば、脱原発を原発産業の新たな柱とするのはどうだろうか?原発の耐用年数は40年といわれる。多少耐用年数を技術革新などで延ばしたとしても、いずれの原発も将来的には停止・廃炉が不可避となる。またウランの資源確認可採埋蔵量も100年程度といわれる。世界では約430基の原発が稼働中とされる(※4) 廃炉=原発停止=撤退=後ろ向き、と考えるのではなく、廃炉を、放射能の恐怖から人類を救う将来性のある前向きの事業ととらえることは出来ないだろうか?


国家プロジェクトとして、同じ原発にかかわるにしても、稼働するかわりに積極的に廃炉に取り組んで、それを世界的にも競争力のある産業に育てていくという選択肢は考えられないのだろうか。現在日本で本格的な廃炉作業が行われているのは2001年に廃炉作業を開始した東海発電所だが、終了までには20年かかるといわれる。廃炉に取り組むということは、建設や運用と同様に長期にわたる膨大な作業を伴うことになる。逆に言えば立地自治体に長期にわたり経済的なメリットをもたらすことになろう。一方で、廃炉作業に携わるには放射能汚染の不安が考えられる。そのためには廃炉の技術だけでなく放射能被害に関する研究や開発を手厚くし、また携わる人たちの待遇面も優遇して社会的にも尊敬されるようにするような仕組みを作ることも必要だろう。最高品質にこだわる職人気質の日本の製造業が本気になって廃炉に取り組み技術を蓄積すれば、世界の廃炉市場で圧倒的に優位に立ち、かつ尊敬を得ることも出来るのではないか。


一方で脱原発派も、原発事故のリスクを知らなかったとはいえ、3.11までは電力不足を心配することなく便利な生活を享受してきたこと、すなわち原発の恩恵を十分に受けてきたことの責任を受け止めるべきであろう。原発にかかわることを全面否定することなく、脱原発を選ぶならそのコストを自ら受け入れる覚悟も必要だろう。多少現在は割高でも再生可能エネルギーや省エネ製品などを支出して市場の拡大をはかり、場合によっては積極的に自らのライフスタイルを変えていく覚悟が求められる。


このまま脱原発か原発維持の対立を続けても日本経済へのプラス効果は期待できないだろう。禍転じて福となす。脱原発を梃に国民と産業界が力を合わせて、再生可能エネルギー・省エネ・廃炉で日本経済を活性化できないか。今回の国民的議論の成り行きを見て強く思う。


(※1)国民的議論の検証会合の配布資料として公表されている。
(※2)パブリックコメントは自由記入式なので、3つのシナリオ以外の意見も寄せられている。
(※3)風の王国
(※4)一般社団法人日本原子力産業協会「世界の原子力発電の動向2012」(2012.1.1現在)

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。