円高と企業のブランド戦略

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2012年08月07日

  • 齋藤 勉
日本の製造業が円高で苦しんでいる。
為替が円高方向に推移した場合、日本の輸出企業は海外での販売価格を変更するかどうかという問題に直面する。海外での販売数量を減らしたくないと考えるのであれば、現地の販売価格を据え置くことになる。このとき、円換算した販売価格は下落することになり、企業の利益は減少する。もし、企業が製品1個当たりの利益を減らしたくないとすれば、海外の販売価格を上昇させる必要がある。このとき、製品のブランド力がなければ、販売数量は減少することになるだろう。

2007年から2012年にかけて、円ドルレートは1ドル120円から1ドル80円へと大幅な円高方向で推移している。この円高に対して、日本企業はどのように対応したのだろうか。輸出価格の動向を見ると、日本企業の行動をある程度把握することができる。

ある製品のアメリカ向け輸出価格が1個10ドルから1個11ドルに変化し、同時に為替レートが1ドル100円から1ドル80円に変化した場合を考えよう。

価格が10ドルから11ドルへと変化したため、アメリカ向けの輸出価格は契約通貨ベースでは、10%の上昇ということになる。一方で、円換算した際の輸出価格は、1,000円から880円へと変化しており、円ベースでは12%の下落ということになる。このケースでは、ドルベースの輸出価格を10%引き上げることで、円ベースで200円分下落するはずであった輸出価格を、120円分の下落に留めている。

代表的な日本の輸出商品である自動車に関してその動向を確認すると、契約通貨ベースの輸出価格はほとんど横ばいで推移しており、反面円ベースの輸出価格が大きく引き下げられている様子が見て取れる(図表1)。

日本の自動車メーカーは、海外の販売価格をできるだけ引き上げないことで、価格競争力を保とうとしている。その努力の成果から、日本の自動車メーカーの世界シェアは現在でも高い水準を誇っている。

ただし、円ベースで見ると、2008年から2012年にかけて日本の自動車輸出価格は2割程度下落している。つまり、日本企業が価格競争力を保ち、世界シェアが高水準であるとしても、その反面で実質的な値下げを行い、利益を圧縮しているということだ。

ここで、アジアのライバル国である、韓国に関して見ると、契約通貨ベースの輸出価格が同様に横ばいで推移し、ウォンベースの輸出価格が大きく上昇していることがわかる。韓国企業は日本とは逆に、2008年以降の大幅なウォン安を背景に、ウォンベースの輸出価格が上昇したことで利益を増加させていると考えられる。

つまり、契約通貨ベースの輸出価格が日本と韓国でほとんど変わらないとしても、円高・ウォン安の影響で、日本企業は大きく利益を損ねているということになる。もしこのまま円高方向への推移が続けば、日本企業の体力は失われていく一方である。

それでは、日本企業に求められる戦略とはどのようなものであろうか。ここで参考になるのが、ドイツの自動車メーカーである。ドイツの自動車メーカーは、単価を引き上げながらシェアを増加させることに成功している(図表2)。単価を上げても輸出数量が減少していないということは、製品自体の競争力が高いことを意味している。中国の海関統計で国別の乗用車輸入単価を見ると、ドイツの乗用車の輸出単価は日本の2倍程度と高水準である(図表3)。また、中国でドイツ車がブランドとして高く評価されている証拠であろう。

日本の自動車もドイツのようにブランドを高く評価されれば、価格競争力に訴えなくてもシェアを獲得することができる。為替が円高水準で推移する中で、いかにブランド力を高めていくかが、日本企業の戦略として重要になるだろう。

図表1:日韓自動車輸出物価の推移


(注)日本の輸出物価は2005年基準。
(出所)Bank of Korea、日本銀行統計より大和総研作成

図表2:輸出物価と輸出シェアの推移(ドイツ、輸送機械)


(注)輸出シェアは全世界の輸送機械輸出金額に占めるドイツの輸出金額の割合。
(出所)RIETI-TID2011、Statistisches Bundesamt統計より大和総研作成

図表3:中国向け乗用車単価


(注)単価は中国の輸入金額/輸入台数。
(出所)中国海関統計より大和総研作成

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