人の話、聴いてる?

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2012年07月03日

  • 飯澤 豪
「産業カウンセラー」とは、社団法人日本産業カウンセラー協会が認定する民間資格である。以前、筆者は産業カウンセラーの養成講座を受講し、心理学やカウンセリングの基本的な技法を学んだのだが、その中でもっとも難しさを痛感したのは、何と言っても人の話を「聴くこと」という、意外なほどに基本的なことであった。

人の話を「よく聴くこと」は、「傾聴」と言われる。しかしカウンセリングにおいては傾聴とは、単に「注意深く聴く」ことではない。人の話から単に情報を得ることは簡単であろうが、カウンセリングの主目的である話し手が自分自身の力で気持ちを整理したり、解決策を発見したりすることを支援しようとすれば、そのための技法を習得する必要がある。

傾聴には、(1)自己一致、(2)受容、(3)共感という3つの重要な要素がある。(1)自己一致とは、クライアントに対し、ありのままの自分でいることである。(2)受容とは、相手を最大限に尊重し、その人の考え方や行動が容認できなくとも、評価することなくすべて受け入れることである。そして(3)共感とは、「相手の私的な世界を、自分自身のものであるかのように感じる」ことである。

通常、相手と何か会話をする際、それはあなたが間違っている、そんな時はこうすればよい、等、人はすぐに自分の考えが浮かんでくだろう。しかし、カウンセリングの場合、まずそれらは脇に置き、相手の世界を自分の世界として受け入れ、それがクライアントにとってどのような意味があるのかを考えながら聴かなくてはならない。そもそもカウンセリングは通常の「会話」とはまったく異なるものである。

それだけではない。一言一句クライアントの言葉を聴き逃さないだけでなく、表情や態度の変化、言い方の強弱やスピードや沈黙等にまで全神経を集中し、そこから発せられているメッセージを読み取ろうとしなければならない。さらに聴く側として、視線の使い方、あいづちの種類や打つタイミング等、まだまだ気を付ける点はある。想像してみてほしい。クライアントの話を聴く間、これらすべてのことを「自然に」行わなければならないのだ。当初、実習でカウンセリングを行った際には、話を聴くということがこれほど体力をつかうことか、と感じたものだ。

そこで、ふと感じたのは、これらはカウンセリングを本格的に行うためのトレーニングであるが、ここまでとはいかなくとも、その基本的な「相手を尊重し理解しようと努力する」という心構えは、仕事の中で活かすことができるのではないか、ということである。人は誰でも自分のことを人に聴いてほしいものだ。ましてや、仕事をする上で精神的なストレスを過度に感じていたら、なおさらであろう。現在、企業におけるメンタル不調者が年々増加の一途をたどり、ついにはうつ病100万人時代といわれるまでになった。これは、「話したい人」に対して、「聴く」スキルを持っている人が圧倒的に足りないことがその原因の一端ではないかと考える。

昨年12月、厚生労働省はメンタルヘルス対策の充実を図るため、事業者にストレスチェックを義務づける労働安全衛生法の改正案を国会に提出した(これについては賛否両論ある)。そのように制度から従業員のメンタルの状態を測る以前に、我々が普段の生活からできることはないだろうか。人間関係の中で「聴く」技法をそれぞれが身に着け、活用することでメンタル不調者増加に歯止めをかけられる可能性があると考える。ともあれ、妻からいつも「人の話、聴いてる?」と言われる筆者こそ、隗より始めよ、であるが。

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