BenefitCorporation:社会的企業に適した新たな法人格

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2012年06月14日

  • 河口 真理子
社会的企業、ソーシャルビジネスに対する関心が高まっている。因みに大和証券グループでは、2010年より隔月で一般向け公開講座「ソーシャルビジネスカレッジ」 を開催し、様々な社会的企業の経営者から自身が挑戦する社会的課題とその解決のためのビジネスモデルや事業の将来性についてお話をいただいている。そこでは毎回、健康医療問題、持続可能な農業、途上国支援、BOP、フェアトレード、倫理的消費など、幅広い社会的課題が議論されている。しかし、「社会的企業もビジネスなのだから株式会社形式」という暗黙の前提があり、その組織形態のあり方について議論されることはなかった。

確かに今注目されているソーシャルビジネスの多くは小規模なので、組織形態の問題より事業拡大が目下のところ最大の関心だろう。しかし、今後事業が順調に拡大していけば、多額の資金ニーズも生まれるだろうし、その際増資による資金調達を行う場合は株主の利益(ファイナンシャルリターン)と社会的課題解決という社会的リターンとのバランスが課題にならざるを得ないだろう。そもそも株式会社の主目的は株主のための利益追求とされるからである。未公開企業ならば、経営者の社会的課題解決へのコミットメントに共鳴する投資家を選べばよいだろうが、多額の資金を集めるとなると、そういう投資家ばかり集めることは難しくなると思われる。なお株式会社組織ではなくNPO法人でもビジネスを行うことができるが、やはり非営利団体なので多額の資金調達を出資で集めるのも難しいし、寄付金をもとにビジネスを拡大していくことも、社会的には認められにくいだろう。そう考えると社会的企業が今後社会における事業主体として発展していく場合、現在の株主会社NPO法人など、法人格の性格が発展の障害となるのではないか?社会的企業に適した法人格とは存在しないのか?

すでにその一つの答えが米国にあるようだ。それは、社会的企業に適した新たな法人格—Benefit Corporation—の整備である。2010年のメリーランド州をはじめ、NYやカリフォルニアを含め現在のところ7州で会社法が改正されBenefit Corporation の法人格が認められるようになった。ワシントンDCを含めた8州で法的改正手続きが進行中である。具体的なBenefit Corporationの特性としては(1)企業活動の目的に、公共の価値に資すること、すなわち社会や環境に対してプラスの価値を創造することが明示されること (2)取締役の義務の範囲を株主利益とのみならず財務的なステークホルダーへの配慮に拡大する 、(3)その企業の社会・環境の取組みについては独立した第三者の基準にもとづき監査された情報を開示すること、の3点がある。

こうした制度が整備され始めた背景には、先述した社会的企業がかかえるジレンマ(株主利益と社会的利益のバランス)に加えて、消費者・従業員・投資家の意識の変化があるとされる。環境やフェアトレードなど社会性に配慮した製品を支持する消費者が増え、従業員も職場を選ぶ基準に企業の倫理性を考慮するようになり、社会的責任投資家も企業の社会性を企業評価の重要な要素としている。ハーバードビジネスレビューに掲載された論文は、米国欧州のMBA学生の88%が、倫理的企業で働けるなら約8千ドルの年間賃金カットを受け入れるという、アンケート結果を紹介している。一方で、そうした風潮を受けて、多くの企業が流行り言葉として、エコ、グリーン、フェアトレードなどの用語を製品や企業情報に多用するようになり、本質的にエコや社会に配慮した企業や製品との差別化が難しくなっている。製品の場合はその環境・社会配慮度を測るツールとしてオーガニックやフェアトレードなどの第三者認証があるが、企業自身に対する第三者の認証制度は存在しない。よってBenefit Corporation は企業の姿勢を示す指標にもなりえる。

Benefit Corporation に関するポータルサイト Benefit Corp Information Centerでは、日本でも有名なアウトドア用品メーカーのパタゴニアを含め46社がBenefit Corporationとして登録されている。

社会的企業という新たな事業にふさわしい組織形態がなく、株式会社組織のまま株主利益との相克に悩むくらいなら、社会的企業にマッチする新たな器を作ればよい、という米国のダイナミズムには学ぶところが大きい。また日本でも産業育成の行政的視点から社会的企業への期待があるが、本格的な拡大育成を望むなら、資金提供、人材育成だけでなく、こうした制度整備にも目を向けるべきであろう。

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