インフラ建設へ回帰するアジア市場

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2012年06月01日

  • 金森 俊樹
少子高齢化等から国内市場の成長が見通し難い中、日本の各産業にとって、海外市場、とりわけ成長の著しいアジアの新興国・途上国市場は、益々重要な意味を持ってきている。特に、道路や鉄道、空港、通信網等のインフラ整備は、波及需要も大きく、日本企業にとっても大きなビジネスチャンスとなり得る。アジア開発銀行(ADB)では、昨年総会で、域内のインフラ建設に関してのセミナーが開催され、本年総会でも、アセアン諸国がインフラ基金の設立を決定したことを受け(ASEAN Infrastructure Fund, AIF、今後2020年までの融資は累計で40億ドルを見込む)、ADBがこれへの資金拠出を表明するなど(ADB等との協調融資で、AIFを通じて、さらに130億ドル程度がファイナンスされると予測)、援助の現場でも、アジアのインフラプロジェクトへの回帰が見られている。途上地域でのインフラ建設の意味を、開発援助の観点から考えた場合、どのようなことが言えるのか、3点指摘したい。

(途上国の開発を促すインフラ建設)
第一は、経済成長との関係である。言うまでもなく、インフラ建設は直接的には有効需要となり、また資本ストックという生産要素の増加を通じ、途上国の成長を押し上げる効果がある。さらに間接効果として、その外部性から、例えば情報や交通インフラ等の改善を通じて全要素生産性、特に労働生産性が上がることが期待される。ある実証研究では、直接効果はほとんどの途上国で明らかであるが、間接効果については、中国、韓国、タイなど一部の国を除き、十分確認はできていないようである。しかしこれには、おそらくデータの制約といった技術的要因もあろう。輸送インフラの不足が輸送コストを増大させ、経済主体の市場へのアクセスを妨げること、電力不足が正常な生産活動を阻害するといったことは途上国で広く見られ、インフラ整備を通じそうした阻害要因を除くことは、中長期的に途上国の構造問題を改善し、その成長を持続的なものにするという点で、直接効果以上に開発援助の観点からは意義がある。

(発展段階によって異なるインフラ需要)
第二は、経済の発展段階との関係である。アジアには多くの途上国があるが、その発展段階は一様ではない。どのセクターのインフラ建設が成長により有効かは、発展段階によって異なってこよう。ある実証研究によれば、低所得国、中所得国下位、同上位、高所得国、各々につき、電話線・携帯電話、道路、鉄道網、電力等エネルギーといった分野がその成長に大きく貢献している。経済発展が進むにしたがって、通信分野から、輸送、そしてエネルギー分野へと、インフラ投資の優先順位が移っていくということが言えそうだ。途上国自身、自らの資本ストックの現状と追加インフラ投資の成長効果を勘案することとなり、また援助側も、こうした実証分析も踏まえ、融資の優先順位を考えていくことになる。援助からは外れるが、高所得国の場合、問題はやや複雑である。エネルギー分野もさることながら、経済が知識集約的になっていること、既に十分な物的インフラストックがあることから、おそらく教育等を通じた人的投資の成長効果が大きく、物的インフラ面では、新規の投資より、既存インフラの維持や、サプライチェーンを意識したインフラ間の連結を目的とした投資が主体となってこよう。

(貧困削減に寄与-インフラプロジェクトへの回帰)
第三は、開発援助の究極的な目的とも言うべき貧困削減との関連である。伝統的な考え方は、援助でのインフラ整備を通じて成長率を高め経済全体を底上げすることが、貧困問題解決につながるとする。しかし1990年代に入り、それだけでは必ずしも貧困層を救うことにはなっておらず、むしろ所得格差は拡大しているとの認識から、特定の貧困層や貧困地域を対象とした、ミクロ的な「貧困削減」プロジェクトを明示的に掲げる流れが台頭した。その後2000年代前半は、貧困削減志向 派対成長志向派というやや不毛とも言うべき対立が見られたが、近年は、どういった成長のペース・パターン、また所得分配状態を前提にした成長が、より貧困削減に資するのかという建設的な議論がなされている。インフラの公共財的性格からくる「非排除性」が、貧困削減に資するといった面も注目されるようになった(もちろん、費用徴収を行うこと等により、一定程度、排除性を持たせることはあり得る)。こうした考え方が強まるにつれ、援助の現場でも大規模インフラプロジェクトへの回帰が見られているのが現状だろう。ただ、インフラプロジェクトの内容、貧困削減への意味合いは従来以上に問われ、環境保全やインフラ建設で影響を受ける住民への対応等のため、プロジェクト費用が膨らむ傾向にある点は注意を要する(しかし中長期的には、これらの配慮をプロジェクトコンポーネントに入れることは、結局プロジェクトの効果、効率性を高め、結果的に社会コスト削減につながる)。また、インフラプロジェクト回帰の背景には、特に融資額を重視する国際援助機関の場合、小規模の貧困削減プロジェクトだけでは融資額が伸びないといった懸念があることも否定し難い。

(膨らむアジアのインフラ需要)
アジア途上地域のインフラ需要はどの程度なのか? ADBは、2006-2010年、急速な都市化に伴って、都市部の水供給、衛生、ごみ処理、スラム再開発、道路、公共交通で、年平均600億ドル、さらに既存インフラの維持補修に320億ドルが必要とされたと推計、南々協力推進を目的としてインドが設立したシンクタンク、Research Information Systems(RIS)は、2007-2012年、年平均4,120億ドル(同期間総額で2兆ドル以上)が、道路、鉄道、空港、港湾、電力等のインフラ投資に必要(さらに同シンクタンクは、自国インドのインフラ需要として、同国計画委員会が2007-2011年3,200億ドルとしているのに対し、2007-2012年4,100億ドルと推計)、またグローバル経営コンサルティングのマッキンジーは、2011年以降10年間、総額8兆ドルが必要(この数値は、5月のADB総会でも引用された模様)で、インフラ支出の対GDP比は、これまでの2-4%から5-7%に上昇し、その半分は民間資金や海外からの資金でファイナンスされると推計している。また国際金融公社(IFC)は、向こう5年間、アジア太平洋地域のインフラ支出は、その成長目標や開発ニーズから見て、GDP比6-7%は必要だが、ファイナンス上の問題から、実際の支出は1-3%程度に留まるとしている。何れも、膨大な資金需要をどのようファイナンスしていくのかが大きな課題と指摘しており、そうした中で、二国間、多国間の援助資金が大きな役割を果たしていくことは間違いない。その意味でも、こうした援助をめぐる国際的な議論の動向を注視していく必要があろう。
アジア諸国インフラ整備の評価度(2009-10年)
(注)本稿は、5月16日付日刊建設工業新聞シンクタンクリポートに掲載された記事を基に、加筆修正したものである。

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