ヨーロッパ危機問題に関するガイトナー米国財務長官の議会証言

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2012年05月17日

  • 吉川 満
米国財務省のウェブサイトでは、2012年の3月20日に、国際的な金融システムの現状に関する、ガイトナー財務長官の下院金融サービス委員会における議会証言を掲載しました。ガイトナー財務長官はこの議会証言では国際的な金融システムの現状、といっても特に、ヨーロッパの金融危機に対するEUとヨーロッパ諸国の対応を中心に話を纏めています。

「ヨーロッパは米国にとって、戦略上、経済上の鍵となる パートナーです。かつ我々は金融の安定性を修復し、成長を堅固なものとするヨーロッパの努力の成功と計り知れぬ利害関係を持っています。米国の景気回復は強度を増しつつありますが、我々が昨年米国の成長がヨーロッパからの逆風に打ちのめされてしまうのを見たように、その回復の強度は部分的には海外の事件に依存せざるを得ないのです。

その時以来、ヨーロッパのリーダー達は、危機に対処する為の一連の措置を実践して来ました。我々は今日までのその前進に勇気付けられています。我々はヨーロッパがその前進の上に立って、金融の緊張・・・それは世界の経済成長にとって非常な損害を齎すものでしたが、・・・を緩和するための追加の措置を実施し、ヨーロッパ通貨同盟(EMU)が長期に亘って存続し、加盟国の経済成長を助けるようなより強力な政策と制度の枠組を設置する事を望むのです。」(※)

こう前置きを述べた上で、ガイトナー財務長官はヨーロッパのリーダー達が実践した政策対応を、簡単に次の四点に纏めています。

「米国の奨励とIMFの援助に基づき、ヨーロッパのリーダー達は危機に対処する為の包括的な戦略をスタートさせたのです。この戦略は次の様な鍵となる要素からなっています。
(1)加盟国の財政の持続可能性を修復し、銀行制度を再構成し、競争力と成長見通しとを改善するための経済改革。
(2)加盟国の将来の財政赤字を制限し、それと共に財政赤字の対GDP比をも制限する、より強力な財政規律を創設する「財政契約」を含む組織改革。
(3)資金調達に関して政府保証の付された、ヨーロッパ財政システムを再度、資金調達する為の協調した戦略。
(4)持続可能な条件で資金調達へのアクセスを保証している政府を支援する目的の財務援助を提供する為の、資金のファイアーウォール。」(※)

この第一点は、財政の持続可能性を修復し、銀行制度を再構成し、こうした財政面と金融面の措置を通じて競争力と成長見通しを改善するという大きな改革を一気に纏めています。財政と金融の両面に手を入れなければ根本的な解決にはならない事が、ここで忘れてはならないポイントと言えましょう。

一般にはヨーロッパ危機というと、ギリシャの危機ばかりが念頭に浮かび、放漫財政を手当てすることばかりに関心が向きがちですが、議会証言の後半でも述べられているように,危機の本質は国毎に区々なのであり、それぞれがその原因に即した改革努力をしていかなければならないのです。金融面に問題があった国は金融面の改善努力が必要なのです。実はヨーロッパの金融危機に先行して、リーマン・ショックに象徴される米国の金融危機が存在したのですが、ヨーロッパ諸国の中には、米国の金融危機の影響で体力が低下していた事が、自らの危機の一因となった国もあるものと考えられます。米国にとっては頭の痛い記憶かもしれませんが、その意味で自らの責任にも思いを致しながらヨーロッパの問題に対処していく必要があると言えましょう。

二番目のポイントとして上げられているのは、加盟国の財政赤字を、その対GDP比と関連付けながら、制限しようとする姿勢がはっきりと示された事です。単に財政赤字を削減すると言うだけでは、努力の成果を判断しようとする場合に、十分な削減ができたのかどうか判断の基準が非常に難しい事になってしまいます。GDPを用いて経済規模と比較しながら削減に努めれば、削減が進んでいるかどうかを客観的に判断しながら、作業を進める事ができます。

三番目のポイントとして上げられているのは、資金調達に関して政府保証の付されたヨーロッパ財政システムを完成し協調的に運営していくことです。今回のヨーロッパ危機が、たとえギリシャ1国とはいえ、財政破綻を巡る問題として発生し、伝播していった事は間違いないところなので、イタリア、スペイン、ポルトガル等にまで波及したソブリン危機を押さえ込む為には、再資金調達問題の万全を期しておく事も必要と考えられたものと思われます。

最後に挙げられている第四のポイントは、『持続可能な条件で資金調達へのアクセスを保証している政府を支援する目的の財務支援を提供する為の資金のファイアーウォール』と記されています。先にも記したとおり、今回のヨーロッパの危機は財政と金融の両面に原因を持っているので、財政と金融の双方がうまくマッチして機能するよう、配慮していかねばならないのです。そのためには資金のファイアーウォールが必要であると考えられる事になるのです。

ファイアーウォールという言葉は、最近では『信頼できるネットワーク』と『信頼できないネットワーク』との間のアクセスの制御といった意味で、コンピューター通信に関する用語として広く使われるようになりました。ここでもそのような意味として理解してよいものと思われます。(直接金融業務と間接金融業務の遮断の為の手段としても応用できる事は直ちに理解できる所です。)

さて時期の都合からガイトナー財務長官の議会証言では触れられていませんが、ヨーロッパ危機を考える上で忘れてはならない情況の変化も最近になって二点発生しました。第一は5月6日に行なわれたフランスの大統領選挙でサルコジ前大統領が敗れオランド新大統領が新たに大統領として就任したことです。サルコジ前大統領はドイツのメルケル首相と組んで緊縮財政の方向に舵を切る方針を一旦は纏めました。けれどもオランド新大統領は選挙戦当時から、緊縮財政一本槍ではなく成長にも配慮する方向に転ずる事を明確にしてきました。ですからガイトナー財務長官のまとめた冒頭の四項目もその点の修正を加えて理解しなければならない事になるでしょう。

第二に、ギリシャではフランスの大統領選に先立って総選挙は終ったものの、各種の勢力が拮抗していて組閣ができないことから、来月にも再選挙が見込まれる情況となり、ギリシャのユーロ離脱が否定できない可能性として大きく浮上してきた事です。例えば米国の金融グループのシティグループが「ギリシャが今後一年半の間にユーロ圏を離脱する確率は50~75%」というレポートを公表しているのがその例です。

このようにヨーロッパ問題は完全には収束する事無く長引いていますが、ヨーロッパが総力を挙げて問題解決に取り組もうとしている事は事実であり、例えば経済力が最強のドイツの負担が高まる事は考えられるものの、それ以上の破壊的な影響は何とか回避できそうです。

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