中国金融改革加速の背景

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2012年04月27日

  • 金森 俊樹
昨年末以降、中国当局は、金融改革の動きを加速させているように見える。

  1. 昨年12月、本年2月、日中金融協力強化の合意・確認
  2. 1月、発展改革委員会が「12次5ヵ年計画期間における上海国際金融センターの建設計画」で、2015年までの上海金融市場の取引量、融資額の全国シェア、金融資産規模、金融の高度専門従事者数についての目標値を発表。
  3. 同月、人民銀行は「金利市場化推進に関する若干の考察」を同行ウェブサイトに掲載、市場化をさらに推進する基本的環境は整ってきている旨発表。
  4. 2月、人民銀行調査統計司が、その研究雑誌「金融研究」のレポートで、資本取引自由化の工程表を発表。
  5. 3月、国務院が、昨年、民間借貸・中小企業倒産問題で揺れた温州市を金融総合改革試験区とすることを決定、民間資金の活用による新たな金融機関の設立、個人の対外直投の検討等12項目(温州12条)を発表。
  6. 4月、証券監督管理委員会が、外国投資家の対中証券投資枠拡大を発表。同時に、現在21の機関がRQFIIとして認められているが、これを将来的に拡大すること、既に23の国地域からの158に及ぶQFIIについて、2002年同制度開始以降の経験を総括し、制度をより使いやすいものにしていくと発表。
  7. 4月、人民銀行が人民元相場の日々の変動幅拡大を発表。人民元のロンドンオフショア市場育成の作業部会立ち上げ(中国銀行参画)、人民銀行による人民元クロスボーダー決済の新システム導入計画発表。深?と香港間の人民元クロスボーダーローン構想。
3.は、1年前に発表した人民銀行行長名のレポートを再掲したもの、また4.も、やはり1年前、同行長が人民銀行の第70回学術講座で行った講演を基にしたものとされており、必ずしも目新しいものではないが、一連の具体的な自由化措置発表の流れの中で、改めてこれらを対外的に示したことは注目される。こうした動きの背景としては、経済的要因と政治的要因が指摘できよう。

経済的要因としては第一に、本年に入り、貿易全体の伸びが大きく鈍化する中で貿易黒字が縮小、特に2月は赤字を記録したことである。政府工作報告でも、本年の輸出入総額の伸びは、過去10年間の平均伸びを大きく下回る10%前後と、貿易環境について厳しい認識を示している。第二に、昨年第4四半期以来、資本流出が見られることである(昨年第4四半期、国際収支の金融勘定は474億ドルのマイナス、これに伴い、外貨準備も10月から年末にかけ減少)。そしてこれらを背景として、市場では、一方的な人民元上昇期待が弱まっている。第三は、インフレが昨年後半以降落着きを見せていること、ただし他方で、CPI前年同期比のいわゆる「反り上がり(?尾)効果」が今後剥落すること、原油価格上昇からくる輸入インフレ懸念、賃金上昇からくる構造的インフレ圧力は高まっているという懸念もあるようだ。以上は何れも、欧州信用不安等の外部環境と国内経済環境双方の変化を反映している。これまで、貿易黒字の拡大、人民元への上昇圧力、海外からのホットマネーの流入、国内インフレ悪化といった要因が、金利の市場化や人民元相場の弾力化といった金融自由化を進める障害になっていたが、以上のように、自由化を進めやすい環境になっている。ただしより根本的には、こうした経済諸条件の変化によって、従来型の人為的な政策対応が難しくなっていることだ。たとえば、貿易収支悪化に対応するため輸出を伸ばそうとすれば、人民元相場を低めに誘導する必要がある一方、海外への資金流出あるいは輸入インフレを抑える観点からは、むしろ相場を切り上げる方が望ましい。また金利については、景気鈍化を抑える点からは引き下げが望ましいが、引き下げると資金流出に拍車がかかるおそれがある。こうした矛盾に直面し、複雑な環境変化に対応するため、結局、より市場機能に依存するという方向を選択するようになっているのではないかと推測される。

政治的要因としては、一義的には、秋に予定されている指導層交代後、しばらくは新たな政策を打ち出すことが期待し難く、現体制の間にできるだけ改革の方向を定着させるべく、人民銀行を始めとする改革推進派が、上記のような環境変化を追い風にしたということであろう。従来、指導層の交代を控えた時期には政策が停滞する傾向があると言われているが、他方で、退く予定の指導層は、一線から退いた後もできる限り影響力を保持するため、交代前、様々な動きに出る傾向があるとも言われている。最近の金融分野での動きも、そうした流れの一環としても理解できるかもしれない。また金利の市場化は、規制金利が国有企業・銀行を利する一方、一般庶民の貯蓄を目減りさせ、社会の不満を増幅させている状況下で、社会の安定確保を最大の政治課題とする当局にとって、次第に真剣に取り組まざるを得なくなっているという事情もあろう。憶測の域を出ないが、対米戦略という面は、仮にあるとしても二義的で、基本的には、内的要因が金融改革加速を促していると見るべきではないか。

秋以降の新指導層の下でこうした動きがどうなるのか、マクロ経済環境の行方にも左右されることになろうが、経済条件の複雑化に対応するためには、市場機能の一層の活用が有効だとの認識が強まってきているとすれば、基本的には、金融改革の大きな流れは変わらない(変えられない)はずだ。

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