国際金融市場調査とバイリンガル教育

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2012年04月25日

日本人は語学に掛ける費用が底知れないといわれる。特に英語に関しては必修科目であり、学ぶ機会も数多くあるが、それ以外の言語を学ぶ時の金銭的な負担や機会獲得は非常に悩ましい。

そのことにも関係するが、数年前にロシア金融市場調査を担当していたことがある。国際調査を担当すると必ず当たる壁は、ご存知、“言葉の壁”である。モスクワではビジネスランゲージはほぼ英語で済むのだが、金融当局等の制度的な意図などの裏づけを取るときは、必ずしも英語の資料がある訳ではなく、ロシア語での正確な理解が必要であった。当時はキリル文字の習得も疎かにして、金融市場のタームを四苦八苦して翻訳し、投資銀行部門向け資料を作成していたことを覚えている(ただし、正確な理解であったかというと、怪しい部分も多かった気がする)。また、これはと言える国際調査のレポートを書く人は、人種を問わず必ずといっていい程、外国人のパートナーがいた記憶がある。当然、パートナーの協力無くしては、その国を深く知ることができないからだ。現地でロシア金融市場に魅了されたイギリス人やアメリカ人の投資銀行関係者の多くは、現地でロシア人女性と結婚していたのを覚えている。邦人では商社やコンサルティングファームの方々に多く、意外と外務省関連では国際結婚をする人間が少ない印象がある。一昔前に、外交官は日本人以外と結婚することは禁止されていた名残があるからかもしれない。

ロシア金融市場に魅了された一人として、私事で恐縮だが、昨年、ロシア人の妻との間に娘が誕生した。現在、子育て真っ最中ではあるが、今の悩みは娘を何語で育てるかである。そこでマスコミの知人に紹介された2冊の本が“反=日本語論(蓮實重彦著:元東京大学総長)”と、“Raising a bilingual child(Barbara Zurer著:マサチューセッツ大学研究員)”である。前者はフランス語を話す妻と東京でいかにして子どもにフランス語を教えるかの話。後者は、様々な言語の組み合わせの夫婦をケーススタディーにして、理論的に、両親が話す異なる言語を習得し、バイリンガルの子どもをどう育てていくかのストラテジーを紹介している本となっている。

この2つの本に共通していることは、いくら国際結婚の夫婦でも、現在住んでいる国以外の言葉(マイノリティーランゲージ)は家庭内で相当意識して使わなければ決して習得できないとの見解で一致している。要するに、母親が片手間で娘に話しかけるだけでは、日常会話程度しか使えないとのことだ。

よって、まわりの環境が日本語の場合、家庭内で娘と日本語での会話をしていては、ほぼロシア語を習得することは不可能とのこと。よって我が家のルールでは、私の上達も兼ねて、なるべく娘にはロシア語で話しかけることとなった。

さらに、幼少期に言葉のシャワーを浴びさせる必要もあるとの記述も悩ましい。なぜならば、日本ではロシア語放送のTV等はほとんど視聴できない(欧米では必ずあるが)ため、日常的にロシア語に触れるソースがどうしても少ない。当初は、ロシア語の絵本を都内中探し回って購入し(中目黒で発見、1冊2000円もした)、読み聞かせたりしたときもあったが、どうしても限界がある。よって最近では、無料インターネットテレビ電話を多用するという作戦に出ている。昔からインターネット網には大きな可能性があると思っていたが、このあたりが現代版の言語習得ツールとしては、効果的なやり方だと思う。特にモスクワの祖母や、ロンドンやモンテネグロ(旧ユーゴスラビア)にいる親戚との会話は、金銭的にも安価な言語習得機会を提供してくれる。

一般的には、ロシア語ではなく、英語を学ばせた方が良いとのアドバイスも多く、当初はそれも念頭に置いていた。ただし、自身がなぜここまでロシア語にこだわりがあるというと、2つの大きな理由がある。ひとつは、もう一度、ロシアでの金融市場調査を復活させたいという思いである。リーマン・ショック以降、頓挫してしまったが、2014年の冬季オリンピックに伴うロシア開発銀行によるインフラ整備や、保険会社・銀行等の有力な買収先も多く、ポテンシャルがある市場であることは、誰よりも認識しているつもりだ。石油価格の高騰も手伝い、欧州債務危機を横目にリーマン・ショック以前の活気が戻ってきたと、親戚から連日報告があることは、うれしい限りである。

そして、もう一つの理由としては、当然プライベートでの娘の成長にある。この2冊の本のメソッドに懐疑的な部分も多々あるが、妙に納得してしまうフレーズが自身の心を動かす要因となっている。それは、国際結婚で育ったバイリンガルの子どものほとんどが、大人になった時、どんなマイノリティーランゲージでも両親の生まれた国の言葉が両方話せて良かった、と親に必ず感謝するというデータがあることだ。娘が、我が家の子育て方針に関して、最終的にどう感じるかは分からないが、将来、ロシア語を話せて良かったと感謝されることを楽しみに、日々の言語学習の糧としている毎日だ。

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菅野 泰夫
執筆者紹介

金融調査部

主席研究員 菅野 泰夫