人民元相場は均衡に近づいているのか?

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2012年04月06日

  • 金森 俊樹
昨年12月1日コラム「2012年に向けての人民元相場-双方向への変動拡大と上昇ペースの鈍化か」において、当局も含め中国内では、人民元相場はすでに十分切り上がってきているとの認識が支配的になってきていること(特に実質ベース)、また当面、相場の切り上げペースは緩やかになる一方、短期的には上下両方向への変動幅が拡大していくとの見通しを示した。本年第1四半期が経過したが、相場は概ねそうした動きを示している(CNY相場は、2011年1ドル6.33-6.60元から、2012年1-3月は6.30-6.33元のレンジで推移。また10日間毎の変動率は、2011年前半までの平均1.0%から、2011年8月—2012年3月は平均1.5%、特に最近は2.5%まで上昇、ANZ銀行推計)。温家宝首相は、3月の全人代後の記者会見で、相場は「有可能已経接近均衡水平(おそらく既に均衡水準に近づいている)」と発言した他、人民銀行行長もその後同様の発言をしたと伝えられている(3月27日付経済参考報)。では現状、相場は均衡値に近づいてきていると言えるのか?もとより、経済のファンダメンタルズを反映した均衡為替相場水準がどの程度か、理論面でも、購買力平価(PPP)や金利平価から始まって、マネタリストの諸モデル等様々な考え方があり、確たることは言い難い。しかし、次のような客観的な状況を見ると、少なくとも市場は、最近の人民元相場は、名目でも均衡値に近づいてきていると見ていると言ってよいのではないか。

  1. オンショア市場では、現在、毎日、人民銀行がその日の中心値を提示し、その上下0.5%の範囲内で相場が変動する。市場関係者らの情報では、バスケットへの移行後、トレーダーは、中心値から元高の方向に相場を持っていこうとする傾向が強かったが、昨年後半以降、むしろ逆に元安方向に持っていこうとする傾向がみられる(China Economic Review 2012年3月)。
  2. 中国の外貨準備は、1998年以降、一貫して増加してきたが、昨年第4四半期、久々に減少に転じており、資金の流出が生じている模様(外貨準備は、2011年8月末3兆2,600億ドルから12月末3兆1,800億ドル)。
  3. 対外インバランスが改善傾向にある。「2011年の経常収支対GDP比は2.8%と、国際的に警戒すべき不均衡の程度とされる3%を切った」(全人代温家宝記者会見)ほか、本年に入ってからも、例年より早かった春節の影響を考慮する必要はあるが、1-2月、42億ドルの貿易赤字を記録。資本収支面でも、直接投資による外資流入(実行ベース)は、昨年11月以来、4ヶ月連続で前年比マイナスを記録する一方(各々9.76%、12.73%、0.3%、0.9%のマイナス、商務部)、政府は企業および個人の海外投資を奨励する傾向にある。
  4. 香港オフショア市場では、急速に増加してきた人民元預金が、昨年後半以降減少、1月末の残高は5,760億元と、昨年9月末からの累積減少幅は7.4%、また2010年-2011年上期は、貿易で、メインランドが香港に支払う人民元が、香港がメインランドに支払う人民元より大きいため、香港への人民元流入が続いていたが、下期は、前者が約4,500億元、後者が約5,000億元と、逆に人民元の流出がみられる(中国銀行、経済月刊2012年4月)。
  5. オンショア市場の相場(CNY)と、香港オフショア市場相場(CNH)の水準が収斂してきている。CNHは、年明け後一時、CNYからかなり乖離していた時期があるが、2月以降、CNYとほぼ同水準で推移、また1年物NDF(現物受渡しを伴わない先物レート)は、以前は人民元の先高感を反映して、CNYより高い水準で推移していたが、CNYより割安の局面も見られるようになっている。言うまでもなく、CNHは、CNYに比し、規制のない自由な市場で形成されている相場であり、NDFは、将来の現物レートを市場がどう見ているかを推測するひとつの指標である。

ここでのポイントは、真の均衡値はともかく、これらはみな、少なくとも市場関係者は、最近の名目相場が均衡値に近づいてきている(上昇余地が少なくなってきている、あるいは、下落の可能性も出てきた)との見方を強くしている傍証であり、それを中国当局も十分認識していることだ。人民元相場は中米間の摩擦の象徴となってきたが、米国もこうした市場の雰囲気を察知しているはずで、そうであれば、当面、人民元の切り上げをねらう観点からは、従来のように「相場は市場に委ねるべき」と言うことは逆効果になりかねない。他方、中国側には、当面は原油価格上昇からインフレが再燃するリスクを和らげるため、むしろ相場を上昇させようとするインセンティブが働く可能性もある(中国は1993年から原油輸入国で、現在、輸入依存度は56%)。昨年1月21日コラム「「現行国際通貨体制は過去の遺物」報道から見る中国の真意」で、人民元相場は、表向きはともかく、中米間の実質的な争点にはなってこなくなるとしたが、本年に入り、よりそうした状況になってきていると言えるのではないか。
 
人民元相場推移(2012年1月以降)
人民元相場推移(2012年1月以降)
(資料)ブルムバーグ報道より筆者作成

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