「マイナス金利」の発想

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2012年04月02日

  • 大和総研 顧問 岡野 進
米国は依然として小切手社会である。クレジットカードも普及はしたものの、個人が当座預金と小切手帳を持つのはまだまだ常識といえる。振り込みのサービスや電気ガスなどの料金の引き落としサービスもあるにはあるが、小切手での支払いの機会はまだまだ多い。もちろん、小切手が切れる当座預金には利子はつかないし、かつては口座維持手数料がかかるのが普通であった。米国での銀行間の競争の結果、ある程度の平均残高があれば口座維持手数料を無料にするタイプの当座預金口座が多く提供されるようになった。一時はかなり多くの銀行が提供していた手数料無料口座だが、最近はこれが減少傾向にあると報道されている。

リーマンショック移行、米国における金融緩和によって、貯蓄口座や定期預金の金利は大きく低下した。ほとんどの貯蓄口座の金利は0.1%未満になっている。定期預金も大手銀行では1年物で0.25%、5年物で1%という水準である。もともと金利のつかない当座預金が相対的に有利になってしまっていて、定期預金などにインセンティブがなくなっている。

そうしてみると、手数料無料口座が減少傾向になるのは、必然だろう。銀行から見れば、貸付や債券等で運用できる金利は大きく下がっており、ほかの預金との見合いで当座預金のみを有利にする理由はない。預金保険料がかかるわけであるから、口座維持手数料も頂きたいというのは本音だろう。

こうした事情が生まれてくるのは、現在の先進国の経済状況が危機克服のために、マイナスの金利を必要とするところまできていた可能性があるからである。デフレ傾向が強くなり、期待インフレがマイナスになって、政策金利をゼロにしても期待実質金利が高い状態であれば、真の金融緩和のためには金利をマイナスにしなければならない。当座預金に手数料がかかれば事実上金利はマイナスであるのと同じになる。

もちろん言葉通りのマイナス金利が実現しそうだというつもりはない。そもそも、マイナス金利は原理的に難しい。現金を退蔵することが簡単であれば、預金にせず各経済主体は現金を手元に持てばよい。金利がマイナスになることはないだろう。ただし、現金を退蔵することは盗難のリスクなどもあり、銀行預金のほうが安全であれば、その保険料として若干のマイナス預金金利が実現する可能性はないといえない。中央銀行が市中銀行から預かる預金に預かり料をとるということも可能だが、結果は市中銀行の金庫にうず高く現金が積まれることになるだけかもしれない。預金サイドでのマイナス金利導入は、試してみる価値はあるだろうが、大きなマイナス金利を実現することは難しいし、デフレや経済全体の金融資産・負債の不均衡を緩和するものとして、過度な期待はできない。

マイナス金利と同じ効果を狙うもうひとつの可能性は、預貯金の保有に対して課税することである。たとえば、年平均残高に1%の課税を行えば、それだけ金利にたいしてマイナスの効果を持たせられる。一方、借り手の側に立ってみるとどうだろう。投資資金として借りた金利以上のメリットが借りたことによって自動的に発生すれば、マイナス金利と同じ効果があることになる。投資に対する減税がこれに相当する。そこで預貯金への課税を原資にした投資減税を行えば、税収中立で主な経済主体に対してデフレ下でのマイナス金利と同等の効果を持つ政策になる。

現在、世界的に株価が回復しており、緩やかながら景気回復期待が広がっている。今すぐに、マイナス金利を導入しなければならないほどの経済状況にはないだろうが、次の不況期には必要になる可能性は十分に考慮しておいたほうがよいのではないか。

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