瑞穂の国における農業

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2012年03月07日

  • 中里 幸聖

今年(2012年)は、古事記を太安万侶が献上したとされる和銅5(712)年から1300年にあたる。なお、日本最古の正史とされる日本書紀は養老4(720)年に舎人親王らの撰で完成したとされる。いずれにしても8世紀初頭に成立したとされる記紀において「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」(古事記)、「豊葦原千五百秋瑞穂国」(日本書紀)と美称されているように、わが国は、みずみずしい稲穂を意味する瑞穂の実る国と自己認識してきた伝統を持つ。

近代経済学つまりは資本主義経済の観点からの指標である国内総生産(GDP)において、農業の占める比重は小さい。かつてのいわゆるG7諸国では、農林水産業がGDPに占める比率は2%未満である(※1)。先進国の中では農業輸出国としてのイメージがある米国で1.1%、フランスで1.6%であり、日本は1.4%である。また、いわゆるG7諸国では、経済活動人口に占める農業従事者の比率は1~3%台であり、一番高いイタリアが3.6%、低い英国が1.5%、わが国は2.5%である。

一方、総土地面積に占める農用地面積は、山林等が国土の大半を占めるわが国は1割強(森林面積は7割弱)、カナダが1割未満とやや低目ではあるが、他のG7諸国では4割以上を占め、フランスは5割強、英国では約7割5分となっている(※2)。つまり、国民経済計算という観点では農業の比重は小さいものの、土地利用などのように観点を変えれば、農業の比重は非常に大きいといえる。そうした統計的な数値を並べなくても、我々の生命は農業からの生産物抜きでは到底維持できないのであるから、農業は経済の根源であるといえる。

しかし、前述したようなGDP的観点での農業の存在感が小さいことが、近年のわが国での農業に関する議論の混乱の背景にあるように考える。食料・農業・農村基本計画(2010年3月30日 閣議決定)などで取上げられた食料自給率向上目標にしても、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加問題などをはじめとする農業の貿易自由化にしても、どこか本質的な問題が抜け落ちているのではないだろうか。個人的には農業の企業化などを進めて経済的な存立基盤を今よりも強化すべきと思ってはいるが、GDP等で測った指標などを念頭に議論していては、農業の持続性向上策を誤るのではないだろうか。

何事も本質的な問題を考える際には、原点に戻ってみると地に足が着いた方向性を見出せるものである。わが国の農業問題を考えるには、「豊葦原千五百秋瑞穂国」と自国を美称した祖先の気持ちを汲み取ることから出発するのが良い。そこから導き出せる具体論は色々あり、例えば新規就農問題の解決が重要であり、そのためにも農業の企業化は有効であるなどが考えられるが、長くなるので別の機会があれば論じてみたい。

(※1)2009年。農林水産省「第85次農林水産省統計表」所収の「主要国の農業関連主要指標」より。
(※2)日本は農林水産省「作物統計」の「面積調査」より2009年の田畑計の数値。他国は注1と同一資料より。森林面積は総務省「世界の統計」より2010年の数値。

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