「有償ストック・オプション」を考える

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2012年01月25日

  • 水谷 亥伊彦
近年、有償ストック・オプションの発行が散見される。コラムの読者の中に、この「ストック・オプションを有償で発行する」という企業の行為に違和感を持つ方がどれだけいるだろうか?この違和感に同意いただける方々は、「ストック・オプション」の意味を正しく理解されていると考える。なぜなら、法にはその定義が以下のように定められているからだ。

財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則 第八条26
この規則において、「ストック・オプション」とは、自社株式オプションのうち、財務諸表提出会社が従業員等(当該財務諸表提出会社と雇用関係にある使用人及び当該財務諸表提出会社の役員をいう。以下この項において同じ。)に、報酬(労働や業務執行等の対価として当該財務諸表提出会社が従業員等に給付するものをいう。)として付与するものをいう。

企業内容等の開示に関する内閣府令においても用語の定義は、上記規則に規定するとしていることから、この定義が世の中で言う「ストック・オプション」の正しい定義だろう。であれば、従業員や役員に対する労務提供の対価としての報酬でなければ「ストック・オプション」を名乗ることはできないと考えるのが普通ではないだろうか。広く「新株予約権」という分類があり、その中でも「報酬として従業員、役員に割当てる新株予約権」を「ストック・オプション」というとすると、「有償ストック・オプション」は、果たして「ストック・オプション」なのだろうか。

一般的な2種類の「ストック・オプション」のうち、「税制適格ストック・オプション」は無償で付与することが税制適格要件であり、これは既存の報酬に上乗せで付与されるインセンティブ報酬である。もう1種類の「株式報酬型ストック・オプション」は、役員に対して報酬として付与されるものであり、どちらも間違いなく「報酬」といえる。しかし、「有償ストック・オプション」は、割当対象者からの払込みを受けて発行されるものであり、厳密には「報酬」とは言えないだろう。しかし、一般投資家には割当てず、割当対象者を役員、従業員に限定することから、割当対象者は労務提供者と一致する、つまり、割当対象者は「ストック・オプション」の定義どおりの設計となっているようだ。しかし、定義の要件を満たす訳ではないことから、これは本来「新株予約権」と呼ぶべきだろう。

ここで、「新株予約権」についてふり返ってみたい。そもそも新株予約権という名称が使われるようになったのは比較的近年のことであり、以前には「新株引受権」といった。つまり「ワラント」である。バブルの頃には、上場企業のワラント(多くは海外で発行されていた。)はかなりの流通量もあり、一つのマーケットとして成立していた。これが、法改正等により新株予約権となり、それでも新株引受権は株主に割当てる新株予約権のみを指す名称として残ったが、これも会社法施行に伴い、新株予約権の名称に統一された。新株引受権の名称であった頃は、新株引受権付社債として発行され、これが債券部分(ポンカスといわれた。)と新株引受権に分離され、新株引受権部分のみを売買していたのが、いわゆるワラントであった。ワラントは、権利行使期限内に株価の上昇がなければ紙くずと化してしまうこともあるものであり、証券営業の現場では、当該リスクについて承諾している旨の書面を差し入れた顧客以外は、ワラントの売買ができなった。ワラント売買の顧客の中にはこのようなことを言う顧客もいたはずだ。

「新株引受権を有償で発行して、株が下がれば発行価格分は返済する必要がなく、株が上がれば権利行使で更に会社に対して払込みが行われ更なる資金調達になるということは、発行会社は、ノーリスクで返済する必要がない資金調達をしている、とことではないのか。」

実際には、当時は債券としての発行しか認められていなかったため、債券部分の償還を考えればこのような事情ではないのだが、債券部分を見なければ確かにそのとおりだろう。

これが、形を変えて発行されているのである。対象者のうち、役員は全てを承知の上で、発行を決議し、自らも発行価格分を払い込むのであるから、問題だとは考えられない。しかし、割当対象者が従業員だと、これは事情が異なる。発行会社は、従業員に対して十分なリスクの説明を行ったうえで募集を行っているのだろうか。中には、役員には割当てず、従業員のみに割当てている事例もあるようだ。

リスクを承知で従業員が払い込んでいるのであれば問題はない。リスクを取りたくない従業員は、募集に応じなければよい。しかしそれでも、株価が権利行使できる状況にならずに権利行使期限を迎えた場合には、発行会社には募集に応じた従業員からリスクの説明が十分ではなかったと指摘されるリスクがあるので、十分な対策を講じた上での発行とする必要がある。

昨年、発行された「有償ストック・オプション」の事例を見ると東証一部上場企業は、22社中1社だけだった。発行の中心は、社歴の浅いベンチャーマーケットに上場する企業といえる。バブルが崩壊して既に20年が経過した。近年のベンチャー企業の経営者の中には、バブルの崩壊によりワラントがどうなったかを知らない経営者も多いかも知れない。昔のワラント売買は、証券会社が売買に介在しリスク説明の上で行われたが、有償ストック・オプションの発行は、発行会社が直接割当てるもので、金融商品取引法の世界ではなく、会社法の世界の中で行われる。だからと言って、リスクの説明が軽んじられてはならない。

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