鉄道の経営形態の議論と「まち」

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2011年12月14日

  • 中里 幸聖
11月27日の大阪ダブル選で「大阪維新の会」が勝利したことにより、大阪市営地下鉄・バスの民営化が再び俎上に載ることになる。

大阪市営地下鉄及び市営バスを運営する大阪市交通局では、以前も経営形態に関する議論及びシミュレーションがされたことがあり、2007年1月の「大阪市営交通事業の経営形態の検討について(交通局最終とりまとめ)」では、「『(1)改革型地方公営企業』 及び 株式会社 (『(4)市出資株式会社』・『(5)民間資本株式会社』)について、解決すべき課題はあるが、将来にわたって持続可能で発展性のある経営形態であるとの考えに至った」として、民営化を選択肢として挙げていた。この時は最終的に「改革型地方公営企業」が選択され、民営化の議論は一旦下火となった。

首都東京では、東京地下鉄(以下、東京メトロ)と都営地下鉄を一元化すべしとの問題提起が東京都側からされている。国土交通省、財務省、東京都、東京メトロをメンバーとして、「東京の地下鉄の一元化等に関する協議会」が2010年8月から2011年2月まで4回開催され、協議が行われた。経営の一元化や東京メトロの早期完全民営化については協議を続けるとし(※1)、乗換面・運賃面でのサービス向上策については速やかに実施するとしている。2004年4月に営団地下鉄が株式会社化され東京メトロとなったが、現在の国と東京都が株主である状態から、さらなる経営形態の変更が求められている。

地下鉄等の都市圏での鉄道の経営形態に関する議論とは別に、地方圏では鉄軌道(路面電車等も含む概念)の存廃をかけた経営形態を含む鉄軌道の位置付けの議論や運動が展開されてきている。富山県の「万葉線」、福井県の「えちぜん鉄道」、三重県の「北勢線」などは存続運動が成功した事例である。いずれも民間事業者が運営していた赤字路線の廃止方針に対して、地元の関係者が存続運動を展開し、「万葉線」、「えちぜん鉄道」は住民や地元企業も出資する第三セクターが引き継ぎ、「北勢線」は近隣鉄道事業者である三岐鉄道が運行の受け皿となった。(※2)

これらの地域では、鉄道の廃止が「まち」のあり方に深刻な影響を及ぼすことが明らかになり、鉄道事業の収益性のみではなく、鉄道廃止による弊害や存続による効果などが、定性面や定量面から多面的に検討された。経済学的に表現すれば、外部経済効果まで含めて議論がされたことになる。こうした合理的な検証を実施して、説得力を高めることは大変重要である。しかし、それ以上に重要なのは、我が「まち」をどうしたいのかを考え、そのために鉄道が重要であるならば行動を起こす情熱である。

近代以前のように徒歩圏のみで日常生活が成立していた時代に回帰しようということでない限り、移動手段をどうするかは「まち」の持続性確保にとって基本的な課題の一つである。その移動手段として何を重視するのが良いかはその地域の事情によるが、既に鉄軌道が存在する「まち」では、鉄軌道をできる限り有効活用すべきと考える。鉄軌道があることは沿線整備の継続性に資することになり(※3)、「まち」の持続性確保に基本的にプラスである。そうした効果も含めて事業の収益性を考え、さらなる向上の工夫が求められる。

地方圏に比べると、大都市圏では鉄道が「まち」と関わる視点は後背に退き、鉄道の経営形態に関する議論は収益性やサービスのあり方の議論に焦点があたりやすい。しかし、鉄道事業は当該事業者の収益性だけの問題にとどまらず、その鉄道が走る「まち」のあり方にも大きな影響を及ぼすテーマである。将来を見据えると、大都市圏でも高齢化がさらに進行し、いずれ人口減少局面に入るのはほぼ確実であり、地方圏が現在直面しているような課題と対峙する可能性がある。仮にそうならなくても、大都市圏においても経営形態を含めた鉄道のあり方は、「まち」のあり方と大きく関わっていることを認識して、経営形態のより良いあり方を追求すべきであろう。その際、全ての地域に共通の解があるわけではない。地理や歴史を含む各地域特有の事情、当該地域の財政状況、各種インフラ維持の優先度などを十分に考慮し、より良い選択肢を追求していくことが重要である。

(※1)営団地下鉄の時代に、臨時行革審答申(1986年)、閣議決定「特殊法人の整理合理化について」(1995年)、閣議決定「特殊法人等整理合理化計画」(2001年)にて、たびたび公的資本を含まない完全民営化の方針が示され、2004年4月には株式会社化された。現時点では国と東京都が株主であるが、東京地下鉄株式会社法の附則第二条に「できる限り速やかにこの法律の廃止、その保有する株式の売却その他の必要な措置を講ずるものとする」とされている。
(※2)詳細については、鉄道まちづくり会議・編「どうする?鉄道の未来[地域を活性化するために]」(緑風出版、2009年、増補改訂版)などを参照されたい。他にも多くの事例が紹介されている。なお、同書の「現在のところ日本の交通政策が競争政策と独立採算原則に基づいているため、事業者の利益を損なうことなく、地域の事業者が互いに協調・連携して公共交通ネットワークを成立させられる制度的な裏づけがない」(224頁)という指摘は、今後のわが国の公共交通と「まち」の持続性を考える際に重要な観点である。
(※3)「まち」にとって、鉄軌道がどのような意義を持つかという議論については、(※2)で挙げた書籍の他、大和総研「経営戦略研究」vol.21、2009年春季号掲載の第6回 大和総研・経営戦略研究所セミナー「『まちづくり』による地域再生と公共交通~地方を元気にすることが日本を明るくする~」の特集を参照されたい。

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