米国証券業協会(SEC)、金融業界規制局(FINRA)に対して内部コンプライアンス政策の方針及び手続きを改善するよう命令

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2011年12月02日

  • 吉川 満

10月27日に発出されたSECの即時リリースは、次の様な一文で始まっています。「米国証券業協会は本日、金融業界の自主規制団体である金融業界規制機構(FINRA)に対して、独立のコンサルタントを雇って、SECが検査時に作成する書類の作成方針、手続き、及びトレーニングを改善する矯正策に着手するよう命令しました。」(※)

細かい内容は後で説明する事として、ここでは始めに、SECは依然として規制の強化・見直しに積極的であることを確認しておきましょう。SECは現在、昨年6月に民主党が中心となって成立させた包括的な金融改革法である、「ウォール街改革、並びに消費者保護に関する法律」の個別の法制化、規則作成の終盤の作業を行なっているのです。本稿のテーマである、内部コンプライアンス政策の方針、及び内部コンプライアンスの手続きの改善の作業は大筋は完了しているのですが、より細かく実際の手続きの詳細を定めた各業界の自主規制規則の見直しは終っていません。市場が円滑に機能するためには自主規制規則の見直しは欠かすことができません。もちろん自主規制規則ですから、SECはその細かな内容にまで干渉するわけではありませんが、どういう項目に関して規則を作らなければならないかといった大まかな点は、SECとしては押さえておかなければならないのです。

続けてSECがFINRAに対して矯正策作成に着手するよう命じた背景が説明されています。それによれば、SECのシカゴ地方事務所がFINRAのカンザス・シティ地方事務所に対して検査期間中に提出を要求した、書類の幾つかは定刻の数時間前になって急遽変更されたのだそうです。この件に関してはSEC執行局のジェラルド・ホッジキンス氏が次の様に述べています。「米国証券諸法はFINRAに対してSECが検査中に要求する書類は完全で正確な形で作成する事を要求しています。FINRAはこれまでにもコンプライアンスを向上させるための措置を採ってきたのですが、カンザス・シティ地方事務所で発生した書類作成のミスを防止するには不十分でした。本命令はFINRAが効果的にトレーニングの欠点を矯正し、併せて手続きの弱点を矯正する一助となるものです。」(※)この表現から見てFINRAのカンザス・シティ地方事務所は提出数時間前に、例えば誤字を見直したと言うのではなく、より本質的な修正を行なったものと考えられます。続けて述べられている所によれば、FINRAもしくはその前身であるNASDが直前に変更された書類を提出したり、誤解を与える可能性がある書類を提出したりしたのはこの8年間で三回あったという事です。

この例からも分かるように、米国では直近に金融危機を起こしてしまったという反省に立って当局や自主規制機関の監視が不十分であった事もその一因となったのではないかと考え、厳格なチェック体制が徹底されています。日本では一部で米国は景気が悪いのだから規制も甘くなっているのではないかと考えている人もいるようですが、それは間違いです。米国で金融規制強化や格差是正(これもオバマ政権が当初から取り組んできたテーマですし、実際摘発された違反行為も所得格差を拡大するものが多かった事から重点項目として取り組まれて来たのです。)を求める声が強くなっている事を示す好例は9月17日にニューヨークのズコティ・パークでの集会を手始めに運動を開始した「オキュパイ・ウォールストリート」運動です。この運動はカナダのバンクーバーにあるアドバスターという非営利雑誌の呼びかけに応えて始まったものです。タイム誌の10月24日号が紹介している所によれば、ズコティ・パークでの集会は9月17日に始まったのですが、10月10日までに3日毎に平均して参加者は倍増のペースで拡大したとの事です。「オキュパイ・ウォールストリート」運動は日本のマスコミでも報じられており、11月7日の日本経済新聞は「反ウォール街デモ何故拡大?」という記事を掲げており、「格差と雇用低迷、若者に不満」と自ら答えを出しています。確かに米国では長引く景気低迷と一向に改善しない雇用情勢が大きな社会問題になっています。

こうした事から「TEA PARTY」運動が中間選挙当時の米国の情勢に一定の影響を与えたのと同じように「オキュパイ・ウォールストリート」運動も次期大統領選挙に一定の影響力となって作用するのではないかという見方も浮上しています。「TEA PARTY」運動も「オキュパイ・ウォールストリート」運動もどちらも既存政党が自ら組織したものでなく、いわゆる草の根運動である点では共通しています。但し「TEA PARTY」運動が自力救済を主張しある意味で共和党以上に保守的なのとは対照的に「オキュパイ・ウォールストリート」運動は、金融会社を批判し格差是正を強く主張する点で民主党以上に革新的であると考えられます。米国では中間選挙までは野党が優勢な情況が続き、中間選挙後は与党が盛り返す事が多いとよく言われますが、そういうジンクスを踏まえて考えるとオバマ陣営にも希望が見えて来る面があるのかもしれません。

そうしたストーリーを前提に次期大統領選で民主党に有利な材料を探ってみると、次の三点ぐらいを指摘できるのではないでしょうか?

  1. 前政権のブッシュ政権に比べ、格差是正、資本市場の透明化の点では明らかに成果を挙げている事
  2. TPP交渉で最近になって、日本、カナダ、メキシコが相次いで参加の意向を表明し成長力の高いアジアに地盤をおいた自由貿易圏形成の目処がついた。これは最大懸案事項の雇用にとってもプラスである。
  3. 「テロとの戦い」において、オサマ・ビンラディン氏殺害を実行し、米国民の溜飲を下げた。

もちろん次期大統領選までまだ一年あるのだし、現在はこれまで不利と言われて来た情況を脱出する足がかりを得つつあるといった情況であるように考えられます。11月15日午後9時のNHKニュースに拠れば、直近の世論調査では「オキュパイ・ウォールストリート」運動に反対との回答が同運動支持との回答を上回ったとの事です。「オキュパイ・ウォールストリート」運動の支持者は失業問題などに迫られ、必ずしも清潔とは言えない服装で強い抗議を繰り返す面もある様なので、そうした点が一般市民の反感を買ってしまったのだと思われます。そうした点から見て民主党はいまだ、「オキュパイ・ウォールストリート」運動を効果的に利用する事には成功していませんが、一般市民の間に蔓延している不満は、従来からの民主党の主張と共通点がある事が分かって、今後の選挙運動を行なっていくうえでプラスとなったとは言えると思われます。

(※)SECホームページ

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