中国でにわかに高まるTPPへの警戒と関心

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2011年11月18日

  • 金森 俊樹
日本がTPPへの交渉参加に向けて関係国と協議するとの方針をAPECの場で表明したことを契機として、TPPに対する中国の警戒感が強まっていると内外で伝えられている。本件については、すでに5月26日の本コラム「中国は日本のTPPへの関心をどう見ているか」で、中国はTPPを米国の「戻ってきたアジア太平洋戦略」と見ている旨指摘した。APEC会議前後の中国メディア、中国の研究者等の本件の取り上げ方を見ると、こうした見方に基本的に大きな変化はないが、中国国内でも様々な意見が出てきているようにも見受けられるので、現時点で整理しておくことが有益と思われる。

11月14日付中国広播網は、社会科学院世界経済政治研究所研究員の分析を引用しつつ、米国の「APECを骨抜きにし(打架)、中国に圧力をかけようとする(打圧)意図は実現できるのか?」として、米国が中国をTPPに招き入れる意図があるかどうかは重要でない、中国抜きのTPPは実質的な意味を持たず、中国は急ぐ必要はない、米国はTPPの見通しについて意味もなく楽観的だが、日本の農業問題などを考えると疑問符が付く、米国はTPPを経済問題として捉えるだけでなく、米国の価値観をもってアジア太平洋地域を統一しようとしているが、これは極めて非現実的なことあると論評している。同じく14日付联合早報訊(香港)も、環境保護関連製品の関税引き下げ、GDP比エネルギー消費量の抑制、国有企業も民間企業同様の商行為とすべき等、最初から中国の影響力を抑え、中国を排除することを意図したものであることは明らかだが、中国の貿易額や市場規模から考えて、中国抜きのTPPにどれだけ意味があるかは疑問であるとしている。さらに、TPPの交渉参加国は体制や発展段階などが大きく異なっており、米国はこれを無視してAPECを分断すべきでない、仮にTPPが進んでも、これと中日韓FTA,ASEAN+3、+6等は矛盾せず、同時並行的に進められるべきもの(并行不悖)だとしている。

中国の入らないTPPはあまり実質的な意味はないとする見方の一方で、中国への影響を深刻に捉える見方も散見される。たとえば14日付経済参考報は、TPPは疑いもなく米国が改めてアジア太平洋地域への影響力を強化しようとする試みで、中国としてもその影響を重視すべきで戦略的対応が必要であるとし、中国自らが巨大な市場であるという優位性を活かし、日中韓FTAの推進や内需主導型成長への転換を促進し対外依存度を下げていくことが必要とする。またその影響を深刻に捉える論者からは、中国としても主体的にTPPに関与していくべきとの主張も展開されていることが注目される。上記経済参考報は、自ら主体的・積極的にTPP交渉に入っていく必要があり、そうしなければ、TPPが出来上がった時には、中国はこの地域で新たに大きな障壁に出会うことになると警告、また中国国際経済交流中心の研究者は、17日付第一財経日報評論の中で、アジア太平洋地域での中国の発展・影響力の拡大を阻止しようとする米国の戦略は明らかだが、TPPが将来的に同地域の自由貿易の基礎になる可能性があり、中国としても早い段階から交渉に参加すべきである、中国抜きでTPPの交渉が進められるのは、アジア太平洋地域にとっても望ましくないとしている。

TPPをむしろ中国にとっての挑戦・機会と捉えるべきとの論者も見られる。上海国際問題研究所の研究者は、17日付第一財経日報評論で、ASEAN諸国の半数近くがTPPに交渉参加し、その中国への影響は無視できないとしても、これら諸国の購買力から見て、TPPによって、直ちに米国のこれら諸国向け輸出が急増すると考えるのは楽観的すぎる、米国がASEANを重視してこなかった間に、中国とASEANの貿易投資関係は大きく拡大強化してきており、むしろTPPを挑戦・圧力と捉え、対米国との関係でさらにこの地域での中国の競争力を高める機会にすべきとしている。

中国は、従来から多国間経済連携の枠組みを進める上で、以下のような原則を掲げてきている。すなわち、開放性(参加する意思のある経済体すべてに開かれていること)、実質性(実質的な自由化基準を具備していること)、平等性(交渉ステータスが平等で、連携によって相互に利益を享受できること)、漸進性(交渉分野の範囲や自由化の程度は、段階的に拡大・深化)、包容性(異なる経済体の個々の事情・特殊性に配慮、特に発展段階の低い経済体や小国に配慮し柔軟な対応をとること)である。中国商務部部長はAPEC会合時、「TPPに関してはどこからも招待(邀请)がない」と発言したが、その際、同時に「そうした招待があれば真剣に研究する」とし、「TPPのような多国間枠組みは、包容性、開放性、透明性を持つべき」とも発言し、こうした中国の原則にも言及している。

11月初、民間レベルでの日中のある会議(中国側はシンクタンクや国有企業幹部等)が開催されたが、同会合でも、TPP等地域経済連携に関して議論があった。地域経済連携の話は、好むと好まざるに関わらず、各国にとって、経済問題であると同時に、政治安全保障上の問題としても捉えられている面がある(あるいは、結果的に地域経済連携は当然、地域安全保障上も一定の意味を持つことになる)が、そうした場合、仮に日本がTPPに参加した場合、あるいは参加しない場合、各々、日中韓FTAなどの取り組みにいかなる影響が考えられるのかとの日本側の問いかけに対し、中国側は一般論と断りつつ、(1)遠くの親戚より近くの友人が重要(中国語にも同様の言い回しがある)、(2)既存の枠組みなりルールなりを尊重すべき、(3)地域経済協力に政治的な要素を持ち込むべきでない、の3点を指摘、慎重な言い回しではあるが、やはりTPPに関心を示す日本に対して、明確な牽制を投げたものと解釈された。

今後の展開として、(1)中国もTPPへの交渉参加意図を表明する、(2)TPPとは距離を置き、これまで議論になってきている日中韓FTAやASEAN+3あるいは+6をベースにした地域協力を中国主導で加速させようとする、が想定される。(1)の可能性は、上記中国が多国間経済連携で掲げている原則、特に漸進性、包容性との関係からすると低いと見るのが自然ではあろうが、可能性が全くないとは言えない。中国としては、米国が中国のこうした原則を理由にして、交渉参加を拒むことを見越した上で、あえて参加希望を表明し、対立点を浮き彫りにすることにより、性急な自由化に慎重な多くの新興国・途上国を取り込むといった戦略も考え得る。また、仮に中国も交渉に入るとなった場合には、事実上、過去に頓挫したアジア太平洋広域連携構想(FTAAP)に似た状況に逆戻りすることになり、それはそれで既存のAPECの枠組みを尊重すべきとしている中国にとってむしろ望ましいことだ。いずれにしても、上記中国の研究者の指摘にもあるように、(1)、(2)は必ずしも2者択一ではなく、中国としては、(1)を表明するか否かに関わらず、(2)を従来以上に強力に主導していくことになろう。今後、TPP、日中韓FTA、ASEAN+3、+6といった動きが、同時並行的に複雑にからんでくることになろうが、その中で中国の存在は否応もなく、日本に対しても、本件について、経済面のみならず、外交・安全保障面からの戦略を要求することになろう。

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