ドラギ新ECB総裁に託された課題

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2011年11月02日

11月1日付けでECB(欧州中央銀行)の3代目総裁としてイタリア人のマリオ・ドラギ氏が就任した。2005年からイタリア中銀総裁を務めてきたドラギ氏は現在64歳。経済学教授をはじめに、世銀理事、イタリア財務省局長、ゴールドマン・サックス副会長と多彩な経歴の持ち主で、国際経験が豊富で英語にも堪能である。生え抜きの中銀マンではないが、前任のトリシェ総裁同様、ドラギ新総裁も欧州通貨統合の準備段階から関わってきた人物であり、「ECBの金融政策の目的は物価安定」との大原則を踏襲すると考えられる。

ただし、ECBに求められている役割はここ数年で大きく変化した。ECBは1998年6月に発足し、初代総裁はオランダ中銀総裁であったウィム・ドイセンベルク氏、2代目が2003年11月に就任したフランス中銀総裁のジャン・クロード・トリシェ氏である。ECBは戦後の欧州において、国内的には物価安定、対外的には通貨価値の安定に成功したドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)の伝統を踏襲するべく制度設計された。オランダ中銀はそのドイツ連銀の金融政策に追随する政策をとっており、初代ドイセンベルク総裁もドイツ連銀の伝統に則った金融政策を実施した。これに対して2代目のトリシェ総裁は物価安定の原則は維持しつつも、その他の政策では独自色を強めてきた。背景には2007年以降、顕在化した世界的な金融危機が存在している。

ECBは伝統的な金融政策と危機対応の政策のバランスをとることにここ数年腐心してきた。米国のサブプライムローンを担保とした資産担保証券を欧州の銀行が大量に保有していたこと、複数のユーロ圏加盟国で不動産バブルがはじけたことで、ECBは2007年半ばに銀行の流動性不足を支援する必要に迫られた。さらに大きな衝撃が走ったのが2008年9月のリーマン・ショックである。ECBは政策金利を1.00%と過去最低水準に引き下げ、加えて銀行に対して「固定金利で金額制限のない資金供給」の実施に踏み切った。潤沢な資金供給で危機はいったん鎮静化されたかに見えたが、債務問題は金融部門から公的部門へと付け替えられ、財政危機が台頭した。ECBは危機伝播阻止のため、ギリシャなど財政困難国の国債買取という「タブー」にも踏み込んだ。この国債購入は、中央銀行の伝統的な政策からはずれるものとしてECB内部からも批判的な意見があり、ドイツ出身の金融政策委員が相次いで辞任する結果となった。

この中で就任したドラギ総裁は3つの課題に直面している。1つ目は国債買取プログラムをどうするかである。ECBは自身の国債買取はEFSF(欧州金融安定化機構)が国債買取を開始するまでのつなぎ措置と位置づけているが、EFSFには銀行の資本増強を支援する役割も求められている。しかも、EFSFの融資可能金額には4,400億ユーロという上限があるため、銀行支援とユーロ圏加盟国の財政支援に十分な財源を用意したと金融市場を納得させることができていない。2つ目の課題は、銀行への流動性供給策の今後の見通しである。過去4年にわたり「非伝統的な政策」として実施してきたが、銀行に対する懸念は国家財政への信頼感が大きく低下していることが根本的な原因である。財政危機への懸念を軽減するには、EFSFを中心とする支援体制において財源拡充を図る必要がある。フランスが推した、EFSFを銀行に転換してECBからの借入を可能にする案は10月末のユーロ圏首脳会議では採用されなかったが、ユーロ圏の財政・金融危機を解決するために、ECBがより大きな役割を果たすことが求められる可能性が高いと見られる。3つ目の課題は伝統的な金融政策である。ユーロ圏の企業と消費者の景況感が悪化する中、ECBの利下げへの期待が高まっているが、他方で消費者物価は10月速報値が前年比+3.0%と高止まりしている。

以上の政策に関して、納得性の高い方向性を示すことが新総裁には求められている。さらにもう一つ、そのECBの方針を市場関係者や政治家に上手に伝えていくことも新総裁の重要な役割である。「老練な」という形容がよく当てはまったトリシェ前総裁に対して、ドラギ新総裁は実務的で冷静沈着と評されるが、まずは11月3日の金融政策委員会後の最初の記者会見が大いに注目される。

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山崎 加津子
執筆者紹介

金融調査部

金融調査部長 山崎 加津子