欧州債務危機の中で中国が考えること

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2011年10月06日

  • 金森 俊樹
9月に大連で開催された夏季ダボス会議で、温家宝首相は、その演説の中で欧州経済について触れ、「我々は幾度も、中国は援助の手を差し伸べて、欧州への投資を拡大し続けたいと願っていると表明してきた」とし、さらに「依然として欧州への投資を拡大したいと思っている」とする一方、「欧州の指導者は、戦略的観点から中国・欧州関係を考え、たとえば中国の完全な市場経済国としての地位を承認して欲しいと希望している」旨発言した。発言自体に特段目新しい内容はないが、欧州債務問題が深刻化する中で、また市場経済国認定の問題をからめての発言でもあったことから、欧州を始めとする先進諸国は、「中国は、欧州債務問題の救世主になるか?」と、発言に注目した。

中国国内でもこうした各国の反応は関心をもって受け止められ、その詳細が中国メディアを通じて紹介されている。たとえば、「温首相の発言は、中国が欧州と米国に信任票を投じたことを意味する」、「中国は、保有米国債の目減りに苦しんでいる折、さらにリスクの高い欧州債の購入を増やすことは考えがたく、白馬の騎士にはなることはない」(何れも9月14日付ウォール・ストリート・ジャーナルの報道として、16日付環球時報が引用、以下も環球時報の引用)、「中国は友好的な態度を示したが、同時に明確に見返りを要求した」(仏の経済関連ネット)、「米国は自分のことで手いっぱいの状況下で、欧州は中国に光を見出している」(14日付AP通信)、「中国は18番目のユーロ国家—世界の権力が移動しており、欧米が混乱する中で、中国は欧州において機会、政治経済的利益を追求している」(独TV)、「中国はいずれ一人で欧州を救うことはできない」(フォーブス)等、その他、「中国はユーロを支持し続ける以外の選択肢はないが、これは中国にとって機会でもある」(21日付ボイス・オブ・アメリカ中国語版、美国之音)、「ノーベル経済学賞受賞者のR.マンデル教授は、中国に欧州を救うことを強制すべきでないと発言」(北京で開催されたフォーラムでの発言を、28日付北京晨報が引用)等々である。

これに対し、中国国内の反応はどうか。総じて、最大の貿易相手地域である欧州経済(*)を支援することは、中国経済自体にとって望ましいという観点から肯定的である一方、「援助する」ことは「救う」こととは異なり、また中国が「主要援助体」になることも意味しない、もとより中国単独で欧州を救えるわけはなく、結局欧州問題はまずは欧州自身が解決すべき問題であり、中国が「救世主」になることはないとの論調が一般的である。その後、ワシントンで開催されたIMF・世銀総会等においても、中国を含む新興国の立場は、国によってやや温度差はあるものの、同様であったように思われる。一人当たりGDPがギリシャに比べてもなおはるかに低い新興国として(2010年中国の一人当たりGDPはギリシャの5分の1以下、IMF統計)、欧州を助けるという発想は国内的に理解が得られるわけもなく、こうした論調は当然予想されたことではある。

(*)9月26日付21世紀経済報道は、欧州問題からもっとも打撃を受けているのは海運業と紡績業、他方で自然エネルギー関連は好調とし、現時点で債務問題を抱える国への中国の輸出はそれほど大きくないので影響は小さいが、欧州危機が長引くと中国経済にも影響が出てくるとの専門家のコメントを紹介している。

中国側の欧州債務問題の捉え方として、幾つか注意すべき点がある。第一に、市場経済国認定の問題を見返りとしているとの西側論調に対しては、商務部の会見等を通じ、援助とこの問題は性質が違うとして否定することに躍起のようであり、少なくとも公式見解はそういうことであろう。他方で、「政治的観点からすれば、中国は2008年の金融危機後、世界経済の回復、安定化に寄与したが、今回もこの問題に対し然るべき姿勢を示すことは、その他の外交案件で一定の主導権を確保することに有利に働く」(9月21日付第一財経評論)、「たとえばイタリア国債を購入するかどうかというのは単なる個別の問題ではなく、中国の欧州戦略全体にかかわる問題」(清華大学副教授、26日付環球時報評論)などと、本件を政治外交面から位置付けようとする傾向が顕著である。さらに、人民元の国際化との関連でも、「(現下の情勢が契機となって)人民元が米ドルに替わって国際基軸通貨になっていくことにつながるとすれば、それは中国が国際的に強大な影響力を持つことを意味し、中国にとって最大のメリット」(16日付環球時報)とまで主張する評論も見られる。中国にとって、対外経済政策は政治外交政策と表裏一体であり、中国が欧州債務問題にどのような対応を採っていくにせよ、その背後にいかなる政治外交的意味合いがあるかに留意していくことが不可欠である。

第二に、自国経済との関係では、中国は従来からプラグマティックで実利志向が強く、本件でも、中国にとって「一方的な援助」はありえず、双方が利益を享受することが必須である(中国語の「双」がキーワード)。この関連で言えば、欧州諸国が欧州債への投資は歓迎する一方で、中国企業の進出など直接投資には警戒感が強いというのは、中国から見れば、「理性・非理性が混在する矛盾した態度で、先進諸国の傲慢」(現代国際関係研究院・人民大学の研究者ら)ということになる。上述温演説や商務省の記者会見等でも、中国当局は「欧州への投資を拡大、継続」とは繰り返し述べているが、具体的に欧州債への投資と言っているわけではないことに注意する必要がある。外貨準備運用のリスク分散で欧州債を購入するというのも、欧州債が安全な投資対象として安定することが前提で、実際には、当面リスクの高い欧州債の購入はそれほど行われず(ダボス会議時開催された論壇では、中国の専門家間でやや意見が分かれた模様、9月14日付京華時報)、むしろ中国の企業進出、対外直接投資が阻まれているのは、先進諸国側にあるという議論に転化されていく可能性が高いのではないか(易綱人民銀行副総裁の発言にも、既にそのニュアンスが感じられる、24日付京華時報)。

第三に、人民元の国際化の動きとの関連である。中国では、この問題はこれまで、人民元の「区域化」、「走去出」という形で、人民元の越境貿易等での使用をできるだけ拡大していくという程度の意味合いであったように思われるが、ここへ来て、より踏み込んだ検討が行われ始めた節がある。身近な例では、筆者の知り合いの中国人経済学者は、現下の欧州債務問題や米ドルの動向が国際通貨制度にいかなる影響を及ぼすかといった作業でにわかに忙しくなったと漏らしている他、訪日する予定であった政策立案に影響力を持つ某金融学者にも急遽、現下の情勢に鑑み国外出張は当面原則控えるようにとの指示が下りた模様である。人民銀行貨幣政策委員が、人民元は5年以内に交換性を持つ可能性があると、海外でのフォーラムで発言したとも伝えられている。そうしたタイムスパンで完全な交換性を持つようになる可能性は、なおそれほど大きいとは思われないが、欧州債務問題が引き金となって、人民元の国際通貨制度の中での位置付けといった、これまでより突っ込んだ検討も含めて、人民元改革が加速する可能性が出てきており、この面でも目が離せない。

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