上海フォーラム—中国で高まる地域金融協力・人民元改革への意欲

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2011年09月02日

  • 金森 俊樹
8月26日、上海社会科学院主催の国際会議、第3回上海アジア金融合作論壇(上海フォーラム)が同院で開催された。中国のほか、日本、韓国、タイ、インドネシアから研究者や実務家が集まり、アジアでの地域金融協力、人民元改革、上海の国際金融センターとしての将来等について意見交換が行われた。大和総研からは筆者が参加し、「アジア地域金融協力—機会と挑戦」セッションの議長を務めるとともに、「人民元国際化と上海の国際金融センターとしての展望」セッションで報告を行った(※1)。会議自体は、このところ定例で年一回開催されているものだが、折しも、米国債格下げを契機として世界金融市場の不透明感が増し、また会議直前にも、外国企業の対中直接投資について人民元建て決済を認める措置や、上海を始め20の省・直轄市等にだけ認められていた人民元建て貿易決済を全国に広げる措置が打ち出されるというタイミングでの開催で、時宜を得た会議となったこともあり、中国側、特に上海関係者のこの問題に対する関心が、以前にも増して高まっていることを窺わせた。会議上および会議外での議論を通じて、いくつか興味を引いた論点を紹介すると、

  1. 人民元相場に対する強い上昇圧力が続く一方、国内インフレ、不動産価格高騰に直面する中国経済の状況を反映し、1970年代、80年代の日本の経験に大きな関心が寄せられた。ただ、中国側の論者には、プラザ合意、あるいは性急な資本取引の自由化が、その後の日本のバブル、経済停滞の主因であり、中国はそうした日本の轍を踏むべきでないといった、やや違和感を覚える認識、あるいは事実誤認があったように見受けられる。プラザ合意それ自体が問題であったという認識は、おそらく日本も含め西側先進諸国の間ではほとんどなく、また日本が性急に資本取引自由化を進めたというのも、明らかに事実誤認である。中国は一般に、様々な事柄について日本の経験をよく研究しているが、本件については、研究者の間でもなお認識不足があるようであり、こうした点で、一層の日本からの情報提供が望まれる。
  2. 他方、当時の円相場の上昇ペースが急激すぎたという点は、中国以外の研究者からも指摘があり、人民元改革については、やはり相場の弾力化も資本取引の自由化も漸進的に進めていくべきであるという点では、会議参加者間で大方の意見の一致を見たように思われる。
  3. ただし、漸進的に進めるとはいえ、国際金融センターを目指す上海にとって、最大のボトルネックは、人民元がなお交換性を有していないこと、為替相場や金利が市場化されておらず自由に変動しないことであるとの認識は、上海関係者には強い。この点で、中央(北京)とは、かなり温度差があるように見受けられる。上海金融関係者の中央での政策決定に対する影響力がどの程度あるのか、今後彼らのこうした意向がどの程度、中央に反映されていくのか、北京と上海とのパワー・ポリティクス、政策担当者、研究者、実務関係者間の関係がどうなっているのかという観点も踏まえ、注目していく必要があるだろう。
  4. 上記とも関連するが、上海が国際金融センターを目指す上で、上海関係者が香港との関係をどのように見ているかであるが、現状、人民元を始め市場になお種々の規制が残っている状況下で、自由な市場インフラを有する香港との競争を云々する段階にはない、5年後あるいは10年後かもわからないが、人民元改革が完成した段階で初めて香港との競争ということになるとの見解である。競争は必ずしも悪いことではなく、むしろ望ましいこと、また香港金融関係者は豊富な経験と知見を持っており、いずれ様々な局面に対応していくことになるだろうとの見方であったが、金融センターとしての上海と香港を、将来的にどうした役割分担でどのように機能させていくのか、その具体的イメージは、なお中国国内でも描けていないように見られる。
  5. 何人かの海外の研究者からは、ドル基軸体制に対する不透明感が増す現下の国際金融情勢に鑑み、人民元の役割はますます大きくなっていく、またより安定的な基軸通貨が必要となっており、人民元がその有力な候補(good candidate)であることは疑いない等の意見が出されたが、中国側はそこまで踏み込んではいなかったように思われる。中国研究者等は、人民元の「国際化」という表現と同時に、人民元の「区域化(regionalization)」あるいは「走出去政策(going-out policy)」との表現を多用しており(注:「走出去」は中国企業の対外直接投資促進を示す表現として使われてきたもの)、当面、単に貿易など国際取引面で人民元を使用する機会をもっと拡大させていくといった程度の意識のようであり、ドルに変わる基軸通貨をどうするかといった国際通貨の制度的なところまでは考えが及んでいないように見受けられる。しかし早晩、人民元の使用がさらに拡大するにつれて、こうした制度面の検討も中国国内で本格的行われてくるのではないか(すでに最近、中国は、人民元をIMFのSDR構成通貨に組み入れることについて、なんらかの形で作業グループを作りたいとする仏の提案に同意したと報道されている)。
  6. 現下の国際金融情勢、および域内の貿易・投資面での関係が深まっていることに鑑み、アジアにおいて地域金融協力をさらに推し進めることが必要という点については、会議参加者間で完全な意見の一致を見ている。ただし、協力を進める上での障害として、地域内の様々な面での多様性や発展段階の違いなども指摘された。また、ユーロ創設前の欧州の各通貨間の相互連関性は、アジアの各通貨間のそれよりはるかに大きく(言い換えれば、欧州経済は相対的に域外からの影響を大きくは受けていなかった)、アジアで何らかの共通通貨を創出するモメンタムは、現状、ユーロほどではないとのある実証分析の結果も示された。実証の方法論について議論も出されたが、考慮すべき論点のひとつかもしれない。
中国側関係者は、会議を総括する中で、政治家や政策担当者は様々な事柄に忙殺され、またこうした金融の専門的事項について必ずしも詳しいわけではなく、したがって、こうした専門家間での議論を様々な形でメッセージとして送り、現実の政策に反映させていく努力が重要だと強調した。これは裏を返せば、北京に比し人民元改革により積極的な金融センター上海の意向が、必ずしも現状十分に中央での政策立案に反映されていないということかもしれないが、人民元の国際化や相場の弾力化が今後どういったペースでどのように行われていくのか、上海、とりわけそこでの実務関係者の動き、影響力にも注目していく必要があるだろう。

(※1)『A few Observations on RMB Internationalization, Exchange Rate & Convertibility and Lessons from Japan (Abstract)』

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