ユーロ共通債導入の是非を巡る議論:大切なのは優先順位

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2011年08月29日

  • 山﨑 加津子
「ユーロ共通債」提案が最初に登場したのは昨年12月のことである。ユーロ圏の財政問題がギリシャ1国にとどまらず、アイルランドが第2の財政支援申請国になったのがその前月の11月。さらにポルトガル、スペイン、イタリアと財政赤字が大きい国へ次々と問題が連鎖するのではという懸念が高まった中でのことである。提案したのはユーロ圏財務相会合の議長も務めるユンカー・ルクセンブルク首相であったが、この時のユーロ共通債提案は独仏の反対にあって短期間で議論の対象から外された。

その「ユーロ共通債」がこの8月に再び脚光を浴びた。財政懸念がイタリアとスペインに波及し、両国の10年債利回りは8月初めに6%台に到達した。ECB(欧州中央銀行)が大規模な国債購入を実施したことを受けて8月半ば以降は5%を下回る水準まで低下して小康状態となっているが、ECBの国債購入はEFSF(欧州金融安定化ファシリティー)による国債購入が可能になるまでのつなぎ措置である。ところがEFSFは基金の上限が4,400億ユーロに設定されたままで、イタリアとスペインで再び財政懸念が高まった場合、EFSFによる国債購入でその懸念を鎮静化できるか心もとない。ここで改めて「ユーロ共通債」導入の機運が高まったのである。

ユーロ共通債とは、名前の通りユーロ圏17カ国が共通債券を発行することである。ユーロ圏諸国を合計すると財政赤字は2010年にGDP比6.0%、2011年予想は同4.6%とさほど高い水準ではない。ドイツ、オランダ、オーストリア、フィンランドなど財政健全化で先んじている国々が存在するためである。ユーロ共通債導入により、高金利に苦しんでいるギリシャやポルトガルはもとより、イタリアやスペインも金利低下効果が期待される。また、一国だけ金利が急上昇するリスクも回避される。

ユーロ共通債に対する賛成意見は昨年12月段階より増加している。財政赤字削減に苦慮している南欧諸国は当然ながらユーロ共通債導入を支持している。また、EUの執行機関である欧州委員会も当初よりこの提案を支持してきたが、最近ではECB関係者やドイツの野党、産業界からも導入を検討するべきとの意見が増えている。財政問題解決のために検討に値する仕組みとの認識が広がっているのである。一方で反対意見の先鋒はドイツのメルケル首相である。メルケル首相はユーロ共通債の導入を完全に否定しているわけではないが、まずは各国の財政健全化が先決との立場である。ドイツ以外でもこれまで健全財政を達成してきた国々は、財政規律が緩い国々と一緒になることで、金利が上昇することを警戒している。

確かにユーロ共通債は財政赤字が大きい国に恩恵が大きく、財政健全化で先んじてきた国々が不利を被る、財政赤字削減のインセンティブが弱まる懸念がある、との批判が可能である。とはいえ、各国の財政健全化が容易な課題でないことは過去1年以上の取り組みで明らかになったことである。「財政赤字削減の達成が困難」と金融市場から判断されれば、市場金利が上昇し、各国の財政コストは一層増大する悪循環に陥ってしまう。財政問題を解決するには各国が財政赤字を削減することが不可欠だが、それが実現可能であるとの信頼感を得られる仕組みづくりが必要と考えられる。そしてユーロ共通債はその仕組みづくりに貢献する可能性が高く、十分に検討に値する。高金利国が財政赤字削減の努力を怠ることが懸念されるのであれば、赤字削減目標を達成できなかった場合の罰則を強化するなど、ユーロ共通債を導入する際の条件づくりに知恵を絞るべきであろう。

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