不透明感増す世界金融市場—中国は再びアンカーになれるのか?
2011年08月19日
格付け会社スタンダード&プアーズによる米国債の格下げが引き金となって、世界の金融市場が、リーマン・ショック以来の不安定な動きを示している。もちろんその底流には、欧州債務問題と米国経済に対する先行き不透明感がある。リーマン・ショックの際には、中国は2005年7月に弾力化した人民元相場を、再び暫定的にドルペッグに戻して相場の上昇を抑える一方、08年末に総額4兆元にのぼる財政刺激策を採り、09年、10年と10%前後の成長率を達成して、世界経済を安定化させるアンカー的役割を果たした。仮に今回の世界的金融市場の不安定な動きがしばらく続き、世界経済全体を深刻な事態に陥れるようなことになった場合に、中国経済は再びそうしたアンカー的役割を果たすことができるか?中国国内でも、どちらかと言えば否定的な意見が多く、中国経済のハードランディングの可能性が高まったとの論調まで見受けられる(たとえば8月11日、12日付京華時報、8月15日付第一財経評論)。確かに中国として前回より難しい状況にはあるものの、以下の理由から、ある程度そうした役割を果たすことは期待できるのではないかと考えられる。
第一に、以前から中国の実体経済は相対的に金融とのリンクが小さく、仮に不安定な金融市場が続いたとしても、他国ほど実体経済は大きく影響を受けないと予想されることである。たとえば、株価下落が消費に与えるマイナスの資産効果なども、他国ほど大きくないと言われている。また直近の輸出動向を見ても、欧米経済が盛り上がらない中でも堅調を持続しており、今後も欧米経済のスローダウンの影響を受けて成長が大きく減速する可能性は小さいと見られる。さらに、2008年当時に比べれば、中国経済が輸出に依存する程度がやや低下してきており、以前ほど外的ショックの影響を受けにくいとの指摘も出されている(いわゆる「デカップリング」の議論、新世紀8月15日号)。
第二に、中国当局は、昨年秋以降、金利を5回、預金準備率を9回にわたって引き上げてきており、金融緩和策を採る余地が大きいことである。金融緩和策に転じることができるかどうかは、国内インフレ動向に関わってくるが、不動産価格の上昇は本年に入って鈍化してきている他、一般物価も年後半から次第に前年同期比で見た上昇率は鈍化してくると見込まれている(比較対象である前年が、前半伸び率が低く、後半急上昇した反動、最近多くの中国学者が「?尾効果」と呼んでいるもの、「尾(年末)」にかけて、「?(上がっていく)」の意)。さらに、世界経済全体が景気後退ということになれば一次産品価格がさらに下落し、輸入インフレ圧力も軽減されてくることになり、場合によっては現在輸入インフレ圧力軽減のため許容している人民元相場の上昇を再び一時的に抑え、それによって中国輸出企業の競争力を高めることも可能となる。金利下げなど金融緩和に転じれば、国内インフレの原因のひとつとなっている海外からのホットマネーの流入にも、ある程度歯止めをかけることができよう。
第三に、新たに財政刺激策を採る可能性は極めて小さいと考えられるが(中国当局には、リーマン・ショック後の財政刺激政策が現下のインフレを招来したとの思いが強く、今回安易な財政刺激策を採ることは考えがたい)、地方投資会社(平台)を通じてファイナンスした地方政府のインフラ・プロジェクトの多くがなお進行中であり、これによる景気下支え効果が期待できることである。平台の隠れ債務の問題はあるものの、総じて中国の財政状況はなお比較的良好であり、必要となれば新たな財政刺激策を採ることができる余地がある。
問題は、予想されるように国内インフレが沈静化してこない場合である。この場合、物価安定を現下の最大の政策目標に掲げる中国当局としては、金融緩和策に転じることは当然できず、むしろ引締めを強化したいところだが、それも世界経済との関係で難しくなり、難しい舵取りを迫られる(結果的に、政策面では現状を維持しつつ、状況を見極めるということになろう)。米国債格下げ後の金融市場不安定化の中で、中国がかなり強い口調で、米国等先進国はもっと責任ある財政金融政策を採るべきだと批判したと伝えられているが、これは、外貨準備の目減りもさることながら、国内インフレの早期の収束になお十分な確信が持てない中国当局が、こうした事態を想定しての苛立ちと見ることができるのではないか。また中国当局は新5ヵ年計画の下で、より成長の質を重視した持続的安定成長を目指しており、何れリーマン・ショック後のような二桁成長にはならず、せいぜい8-9%程度の成長となってくる可能性が高く、その分世界経済を牽引する力は前回ほどにはならないだろう。
何れにせよ、世界第二位となった中国の経済規模、その世界経済に与える影響が以前にも増して高まっていることを考えると、仮に世界的なリセッションといったようなリスクが出てきた場合、それがうまく克服されるかどうかどうかのひとつの大きな鍵は、中国経済の動向ということになる。
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