IFRS導入先送り ‐投資家軽視、韓国に立ち遅れつつある日本?-

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2011年08月11日

  • 吉井 一洋
1.導入先送りの方針公表

2011年6月21日、自見金融担当大臣は、「IFRS適用に関する検討について」と題する文書で、IFRS(国際会計基準)への対応として下記の方針を発表した。

◇IFRSのわが国の上場企業への適用について、少なくとも2015年3月期からの強制適用は考えていない。
◇仮に強制適用する場合であってもその決定から5-7年程度の十分な準備期間を設定する。
◇2016年3月期で使用終了とされている米国基準での開示は使用期限を撤廃する。その後、IFRSへの対応を議論するため6月30日に開催された企業会計審議会・企画調整部会での冒頭の挨拶では、下記の点が追加された。
◇2009年6月の中間報告(※1)で設定された2012年という期限にとらわれず議論を行なう。
◇IFRSとのコンバージェンス(※2)についても、ASBJ(企業会計基準委員会)の活動に委ねるのではなく、審議会で方向性をしっかりと議論する。
◇「連結先行」の考えも見直さざるをえない。単体開示廃止も議論すべきである。

2.財務諸表利用者を軽視しない議論を望む

今回の一連の発表の背後には、IFRS導入に対して批判的な産業界(特に製造業)および関係官庁などからの強い働きかけがあった模様である。企業会計審議会の企画調整部会では、10名の委員が追加されたが、そのうち9名はIFRS導入に対して批判的なスタンスであることからも、その影響が窺える。

しかし、IFRSをいつから導入するか(しないか)、どの程度の準備期間が必要かといったような重要な論点こそ、企業会計審議会において投資家等の財務諸表利用者の意見も取り入れて議論すべきことであると思われる。にもかかわらず、この点については、審議会で議論する前に方針が決定されてしまった。企業の情報開示に関して、昨今、四半期決算の簡素化、決算短信の単体開示の緩和など、投資家等の財務諸表利用者を交えた十分な議論を経る前に、基本的な方針が決定されるケースが続いている点は、懸念材料である。

IFRS導入に批判的な立場の方々の中には、強制適用ばかりでなく、コンバージェンスも停止したいと考えている方もおられるようだが、幸いにして、自見大臣は「会計基準の国際化の必要性は疑うものではない」(※3)と述べておられる。巷では、8月中の首相の退陣の可能性が報じられているが、現内閣下での決定を急ぎ、拙速に結論が出されることがないよう、2012年に向けて十分に議論をつくしていただきたい。

3.米国は、後退ではなく、現実的な対応へ

今回の一連の発表に影響を与えた内外の状況変化のうちの重要なものとして、米国のSECの5月26日のスタッフ・ペーパー公表が挙げられる。米国のSECは、従来、国内の上場企業にIFRSを強制適用するか否かを2011年に決定する方針を示していた。しかし、スタッフ・ペーパーでは、IFRSへの対応の有力な選択肢の一つとして、下記のコンドースメント(エンドースメントとコンバージェンスの混合)・アプローチを示している。

◇米国基準は存続し、5~7年等の時間をかけてIFRSを米国基準に取り込んでいく。
◇米国会計基準の設定主体であるFASB(財務会計基準審議会)は米国基準開発からIFRS開発への関与に軸足を移す。
◇FASBは確立されたエンドースメント(権限に基づく承認)の仕組みに従い、新たに公表されたIFRSを米国基準に取り込む。
◇SECとFASBは、エンドースメントの際に、IFRSに修正を加える権限を有する。(ただし、スタッフはそのような修正は稀であると考えている)。

このスタッフ・ペーパーについて、米国がIFRSへの対応を後退させたとの捉え方もある。しかし、2011年に強制適用の適否を判断する際の前提である米国基準とIFRSの主要な相違点の調整作業は難航しており、2011年での強制適用決定は困難であることは予想されていた。にもかかわらず、SECは、現在も単一の質の高い会計基準を開発するという目標は放棄していない。米国基準に従えば自動的にIFRSにも適合するという着地点を目指していること、FASBに対して自国の基準の開発よりもIFRSの開発を優先するよう求めていることからすれば、むしろ、米国基準とIFRSとの統合に向けて、より現実的な対応を選択しようとしているといえよう。もっとも、その軸足がIFRSを米国基準に近づけることにある点は否定できない。ともすればEUなどに奪われがちであったIFRS開発の主導権を米国が取り戻すことを目指しているともいえよう。

東日本大震災の影響も指摘されているが、2011年3月期において、決算発表が今回に限り、決算日から45日経過後に遅れた企業は、70社程度に留まっている。生産拠点の8割は震災前水準まで回復しているとの調査もある(※4)。IFRS導入については、1国まとめて対応を遅らせる必要は無く、対応困難な企業に特例を認めればよいのではないかと思われる。

4.韓国に立ち遅れつつある日本

今や製造業の分野でわが国の有力企業を脅かす存在となっている韓国では、2011年から全上場企業に対してIFRSの適用を強制している(※5)。海外での資金調達の際、又は外国投資家への情報開示において、わが国企業よりも優位な状況にある。さらに、通商政策、法人実効税率の軽減(わが国では約40%、韓国は24%)、納税者番号制度の導入(個人の事業所得も捕捉する仕組みも導入)など、政策面で日本に先行している項目も多々ある。証券市場においても、FD(公正開示)規則の導入、公社債市場における価格公表制度の充実など、投資者保護・市場の透明性向上の面で、わが国に先行しつつある。IFRS導入がわが国製造業の競争力を奪うとの批判があるが、IFRSをはじめとする政策・制度面での対応の立ち遅れが、逆に競争力を低下させてしまわないか、懸念されるところである。

(※1)2009年6月 企業会計審議会「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」
(※2)簡単に説明すれば、IFRSを日本の会計基準として適用するのではなく、日本の会計基準をIFRSに近づけていく方向で見直すことをいう。
(※3)2011年6月21日 自見内閣府特命担当大臣閣議後記者会見の概要
(※4)経済産業省「東日本大震災後の産業実態緊急調査2」の結果の公表(2011.8.1)
(※5)中間・四半期決算においては、総資産が2兆ウォン未満の上場企業に対しては、連結財務諸表へのIFRS適用は免除される(単体財務諸表では適用)が、2013年からは、総資産が2兆ウォン未満の上場企業に対しても、中間・四半期の連結財務諸表でのIFRSの適用が義務付けられる。

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