産湯と一緒に赤子を捨てるな ~日本におけるリバース・モーゲージの議論~
2011年08月09日
今回のコラムで取り上げるのは、「赤子」ではなく「高齢者」に関連するリバース・モーゲージについてである。リバース・モーゲージとは、「逆抵当融資」などと訳され、自宅不動産を担保にした借入金を、年金のように定期的に受け取ることができる融資制度で、ポイントは担保に差し入れながらも、そのまま自宅に住み続けられることである。そして、貸付を行った金融機関は設定した貸付期間(終身もしくは有期)終了時に担保権を行使して貸付金の精算を行う。同制度は(1)高齢化の進行による公的年金制度の給付水準の実質的な引下げ予想、(2)高齢単身者世帯の増加、(3)金融資産は少ないが住宅資産を持つ高齢者世帯の特徴、などを背景に、年金制度を補完する仕組みとして期待が高まっている。最近では、震災復興のためにもこの制度の活用が提案されるなど(※1)、脚光を浴びつつある。
しかし、そもそもリバース・モーゲージの仕組み自体は決して目新しいものではなく、同制度のわが国への導入論議も今に始まったことではない。高齢化社会の到来や既存の年金制度への負荷の増大は早くから予測され、制度の紹介もされていたにもかかわらず、現在でもあまり普及していないのは、導入論議の環境に関する不幸な歴史があったからであろう。欧米諸国では同制度は早くから導入されていた。わが国では旧厚生省で1980年代に検討会が実施され、学界でもその理論的側面を含めて議論が活発化し始めていた。しかし、1990年代になると、バブル崩壊と地価下落が始まってしまう。リバース・モーゲージの貸し手には3大リスク、すなわち、(1)長生きリスク(※2)、(2)金利上昇リスク(※3)、(3)不動産価格下落リスク(※4)の管理が不可欠である。1990年代のバブル崩壊と地価の大幅下落は、(3)の「不動産価格下落リスク」を顕在化させ、金融機関サイドの制度導入意欲を挫くものになってしまったのであった。
その後、地価下落が一段落し、漸く横ばいないし上昇し始めるようになるのは2000年代に入ってからである。顧客資産を管理し、担保融資を行い、不動産にも専門性を発揮できる金融機関といえば、わが国では信託銀行が正にうってつけである。事実、信託協会では、2005年にわが国の一線級の経済学者や実務家を集めて、リバース・モーゲージについてのコンファレンスを開催するなど、再び同制度への注意喚起を図ろうとしていたと見られる。しかし、そんな矢先に米国のサブプライム・ローン問題が起きてしまう。米国におけるリバース・モーゲージの普及には、住宅都市開発省やジニーメイやファニーメイが関与し、証券化を行って、リスク管理を米国政府が支援する仕組みを整備することで、上記3大リスクを保険等でカバーできるようにしている。その仕組みがあるからこそ、米国では同制度が広く普及してきたとも言えるのだ。しかし、リバース・モーゲージもサブプライム・ローンと類似の仕組みであり、登場する機関も同一であったこともあったためか、わが国でのリバース・モーゲージ導入論議の盛り上がりは再び水をさされることになってしまったのであった。
米国の証券化システムには、確かに構造上の問題があった。しかし、証券化という仕組みそのものが悪いわけではなかろう。不必要なまでに複雑化させた証券化商品、金融機関のインセンティブ構造、リスク評価など明らかになった問題を解消し、暴走を防止する仕掛けを組み込めば、証券化やリバース・モーゲージ制度自体を放棄する必要はないはずである。わが国のリバース・モーゲージは、一部の地方公共団体や金融機関で導入されてはいるが、住宅ローンのように幅広く国民全体で利用されるほど大きな制度になるためには、証券化の利用などはやはり必要とされるだろう。しかし、米国の失敗を見たためか議論もあまりされなくなり、証券化市場も縮小してしまうようになってしまった。
重要なのは、リバース・モーゲージの「高齢者のための生活資金補完」という社会的有用性を念頭におき、必要な仕組みを構築・提供していくことであろう。先行する米国の仕組みに不備があったというのであれば、制度そのものを全て捨て去るのではなく、そのような失敗事例から学び、それを生かしていくように議論を深めて、工夫を加えていくことではないか。まさに、産湯と一緒に赤子を捨て去ってはいけないのである。
(※1)「震災復興におけるリバース・モーゲージの活用」『大和総研コラム(2011.06.09)』(鈴木裕)
(※2)利用者が契約時に想定した年齢を超えて長生きし、利用者の存命中に借入金残高が不動産評価額に達してしまうリスク
(※3)契約期間中に金利が予想以上に上昇し、借入残高が増加する結果、担保割れが生じるリスク
(※4)契約期間中に担保となる不動産価値が下落し、担保割れが発生するリスク
(※2)利用者が契約時に想定した年齢を超えて長生きし、利用者の存命中に借入金残高が不動産評価額に達してしまうリスク
(※3)契約期間中に金利が予想以上に上昇し、借入残高が増加する結果、担保割れが生じるリスク
(※4)契約期間中に担保となる不動産価値が下落し、担保割れが発生するリスク
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