中国から見た中国語ブーム(漢語熱)

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2011年08月04日

  • 金森 俊樹
日本でも経済雑誌等が時に中国語特集を組むなど、日本のビジネスパーソンや学生の間で、中国語の人気は高まるばかりである。お隣韓国でも、かなり以前から、残念ながらと言うべきか、英語は別として、日本語より中国語の人気が高いようである。中国の経済力の高まり、中国との経済関係の緊密化を考えれば、当然の事とも言えようが、それでは、こうした海外での中国語ブームは中国側ではどのように見られているのだろうか?

香港在住の中国人の友人は、「现在在中国的老外如果不会说中文就真的老外了(中国に住む老外は、もし中国語が話せなかったら、ほんとうに老外になってしまう)」という表現を、最近よく耳にするという。「老外」は外国人、とくに欧米系の白人を指す。ずっと以前に、日本にも似たようなニュアンスを持つ言葉があった。悪い含意はないようであるが、「距離を置いた、珍しい、部外者」というニュアンスが感じられる。こうした表現からは、第一に、中国は対外開放が進み、進出外国企業や外国人旅行者も増えて、外国人が珍しくなくなっているが、なお国内では中国語しか通じない面があり、その点で国際化はなお遅れているという意識がある一方、中国を無視して国際ビジネスはできないという現状で、中国語を学ぶのは当然で、そうした外国人も増えており、中国語ができなければ、中国ビジネスで成功は期待できないという自国に対する自信も読み取れる。本表現は、こうした中国の人々の、激しい社会の変化の中での、言わばアンビバレントな意識を端的に示すものだろう。(なお、香港は、普通話と呼ばれる中国語標準語とは異なる広東語圏であるが、香港自体、中国返還以降、本土への経済依存が強まる中で、急速に中国語が普及してきており、その反面、とくに庶民の間では、以前のように英語が通じなくなってきているようだ。)

所謂「漢語熱」は、2001年のWTO加盟から北京オリンピック、上海万博を経て、またその間の中国の経済力、国際社会でのプレゼンスの向上を背景に、日本のみならず、欧米でも益々強まっている。

2011年6月22日付中国国際教育信息網によれば、ここ2-3年、中国語を学ぶ外国人の数は毎年50%以上の伸びを示しており、2010年末時点で1億人、2013年には1.5億人に達する見込みであるという。少なくとも4百万人、毎年1万人の新たな中国語教師が必要となるが、現在中国が海外に派遣できるのは毎年2000人足らずで(2010年7月9日付中国中央電視台)、深刻な供給不足となっている(2011年6月30日付羊城晩報は、海外で5百万人以上中国語教師が不足としている)。この結果、海外で働く中国人の中国語教師の待遇は極めて恵まれており(例えば、米国では年収6.5-10万ドル、EUでは7万ユーロ)、他方で2011年全国6百万人以上と言われる就職口に悩む大学卒業生にとって、ひとつの有力な職業の選択肢として期待されている(中国語教師としての海外派遣を希望するのは、いわゆる「80後(80年代以降生まれ)」の世代が大半と言われる)。1時間当り80-300元が一般的で、海外で学ぶ中国人留学生にとっても、絶好の機会となっている(2008年以前はアルバイトでせいぜい時間給10ドルだった)。中国政府自身、こうした供給不足を踏まえ、数年前から、外国人に対する中国語普及について、それまでの単に中国に来る留学生のみを対象とする受身的な姿勢から、外に出て行く、いわば中国語普及の「走出去」政策に舵を切り始めている(※1、2)。このような動きは今後さらに加速するだろう。外国人からしても、好むと好まざるとにかかわらず、中国ビジネス展開にとって、中国語ができることは、非常に有効な武器になってくると思われ、基本的には歓迎すべき話であろう。他方で、特定言語の外国への普及は、とくにそれが当該国の政府の政策ともなると、一抹の不安も覚える。中国政府および中国の人々は、これからの国際社会の中で自らの言語をどう位置づけようとしているのか、国際語として定着している英語の役割をどう認識しているのか、大げさに言えば、中国の今後の国際社会での有様にも関係してくる話であり、今後注目していく必要がある。


他方、こうした国外での漢語熱に対し、逆に中国国内での国語力の低下、国語への関心の低さを問題視する動きも見られる。2010年4月16日付紅網(Rednet)は、国外での漢語熱は中国人にとって誇りに思うべきことだが、中国人自身の国語力は低下している、WTO加盟後、中国では英語への関心が高まり、流暢な英語を話す者が出てきたが、彼らに中国語を書かせると漢字の間違いだらけであると伝えている。その上で、紅網は、「国外漢語熱、国内英語熱漢語冷」という対比が鮮明になっている状況にどう対応するのか、国外に中国語教師を派遣するのもよいが、国内での国語への関心の低下に対応し、国内の国語教師をもっと充実させるべきではないかと指摘している。これは、世界的にボーダレス化が進む中で、わが国でもしばしば提起されるひとつの普遍的な問題だが、中国でもやはり同様の問題意識がある。どう対処していくかは、中国にとっても難しい問題だろう。

(※1)海外で正式に中国語教師として教えるためには、全国統一考試を受け資格を取得する必要があるが、志願者が急増している。羊城晩報によれば、2011年1月8000人余、6月14000人、10月(見込み)25000人、多くは留学予定者、移民、中国に住む海外からの留学生、華僑である。
(※2)海外での孔子学院設立の動きはその典型。2004年のソウルでの開校が嚆矢。2010年11月19日付鳳凰網等によると、2009年末時点で、全世界88カ国に282の孔子学院と272の孔子課堂(大学以下のレベルの組織に設立されるもの)が設立されている。また2011年1月20日中央電視台によると、米国には現在71の孔子学院(その後、4月の新華社報道では81)と215の孔子課堂があり、さらに50以上の機関が孔子学院の設立を申請している。日本には現在、孔子学院・課堂合わせ、10余校ある。「走出去」は、元来、中国企業の対外進出促進を目的とした政策。 

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