流行語から中国社会を見る(2)

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2011年06月30日

  • 金森 俊樹
2011年の両会(全国人民代表大会と政治協商会議)では、昨年来予想されていたことであったが、経済発展方式の転換や国民生活重視、インフレ抑制などが焦点になった。ただ、2011年に入ってからの中東情勢の急激な変化もあり、両会では、中国当局の社会安定確保に対する決意、危機感がより鮮明に出た感があった。これを中国社会で流布している最近の流行語から見てみよう。

全国の両会に先駆けて、昨年来各地方で開催されてきた地方レベルの両会でも、不動産にまつわる流行語や国民生活に関わる話題が多い。中国メディアは、住房(若い世代や低所得層向けの住居整備)、涨工资(最低賃金の大幅引き上げ、成長率と同程度の収入の伸びを確保)、物価(とくに食品価格の安定化、荒れた農地の耕作に補助金を)、所得再分配(重慶市、所得格差を示すジニ係数を0.42から0.35まで引き下げよ)などの両会委員の声を紹介し、委員が一般庶民に近づき、その声を代弁している、しかし特権は享受していない(両会参加時、北京で優遇は受けない)など、その庶民意識、彼らが特権階級ではないことを強調している。ブログで両会の議論は公開されていることも強調し、また、みかけの良い数字よりどう実行されるのかに関心、住宅問題を論じているのはその不安がない人ばかりというのは問題などの指摘を、庶民の声として報道しているのが目に付く。ガス抜きでもあろうが、庶民のこうした面での不満に当局が敏感になっていることの裏返しでもある。

映画「让子弹飞」が人気を博して以来,「、、、+動詞」という言い回しが、昨年から中国で流行している。例えば、让楼价升(住宅価格を上がるにまかせる)、让物价涨(物価を上がるにまかせる)、让人民币升(人民元相場を上がるにまかせる)等々。何れも、そうした現実に対して、如何ともし難いという一種の無力感を伴う。こうした言い回しにも、やはりインフレ、とくに不動産価格の話が絡んでくる。次の対句も、現在の中国の一般庶民の最大関心事、不満がどこにあるかを端的に示している。房(家)价(価)(上がる),地价,油价(電)价,水价,粮价,肉价,蛋(卵)价,菜价(薬)价(これ)也,那(あれ)也,怎(なんと)一个字了得(とんでもないこと),(まで)。2月の春節時の中央電視台恒例の正月番組「春节联欢晚会」でも、最も頻繁に取り上げられたのは、不動産購入に関わる話題だったと聞く。

富二代ならぬ貧二代、一部富裕層の子供が「富二代」(成金のどら息子)と呼ばれてきたが、最近は貧二代がよく使われる。たとえば重慶の両会では、これを農民工の子供の教育の問題と絡めて論じている。流入地の学校が教育提供義務を負うが、都市部の学校は中央からの補助金がなく学費高い、一方、流出地の農村は補助金があるが教育提供義務が減少しているとし、農民工の移動にあわせ、中央の義務教育経費の一部で、「農民工子女義務教育基金」を設立し、農民工子女の教育費を中央、流入地、流出地で分担する仕組みが議論されている。貧二代が頻繁に使われるのは、所得格差の拡大そのものに対する不満に加え、格差が固定化する傾向にあること、またそれがアンフェアーな要因に基づくという感情が庶民の間で強くなっていることを示しており、当局からすればやや危険信号と言うべきだ。

別の人気を博した映画「非诚勿扰2」から忽悠という表現、もともと「物理的あるいは心理的にゆらゆらする不安定な状態」を意味する東北部の方言で、その後テレビ番組を通じ、「人を騙す、詐欺」といった意味で使われるようになってきたが、映画を通じて、また若い世代で流行している(しかし必ずしも深刻ではない軽いニュアンス)。メディアの影響によって、言葉のニュアンスが大きく異なってくる典型かもしれない。百度(Baidu)百科は、この単語について、興味深い観察をしている。曰く、忽悠があることによって、中国では、文化面で大きく発展することができ、政治面では意見の差異が生じず、政策は満場一致で決まり、社会の安定的発展、生活の質の向上、和諧社会の建設が保証されている。もちろんこれは一面を表すが、多分に反語的説明でもあろう。実際、百科では、「文化は空前の発展を遂げているが、大部分は水泡にすぎない」、「政治面ではひとつの声があるだけで、統一されすぎており、政府が一般庶民全体に配慮するに至らない」、「社会は和諧すぎる」、「新聞やネットに氾濫する情報は、何が正しく何が嘘かわからなくなっている、あるいは全部嘘かもわからない」結果になっているとも指摘している。唉呀妈呀,又被忽悠了!(ああ、また騙された)と中国の庶民が言う時、それはどういった場面で、またどういった感情を抱いているのか?神马都是浮云(神馬は、似たような発音の什(なんでもすべて)を意味し、すべてのことは実態がなく浮雲のようなもの、という意味になる)も、昨年後半からネット上で流行している、一種の疎外感を示す表現といえるだろう。

中国に限らないが、現代の流行語は、社会経済状況の急速な変化と、インターネット、メディアに代表される情報化の要因が合わさって発生する。それは、日常生活上の何か面白い一側面を反映するが、庶民が自らの政治・社会経済に対する考えや不満を伝える有効な手段を必ずしも持たない場合、不満や怒り、あるいは社会からの疎外感を表すことが多くなる。とくに中国の場合は、制度などの社会インフラが社会の急激な変化に追いついていないので、それだけ、一般庶民のこうした感情が流行語に凝縮される傾向が強い。最近は、経済力の急速な拡大と国際社会でのプレゼンスの高まりを背景に、流行語も、中国の人々の自信ととまどいという二律背反的な感情、また社会の急激な変化に伴う社会からの疎外感、無力感といったものを示すものが目に付く。とくに、疎外感、無力感は、そのままでは(当局から見れば)無害だが、不満と相俟って深く蓄積され、またネットを通じ不特定多数によって共有されてくると、何かの契機で発火し社会の不安定要因になる危険性を孕む。本年の全人代を通じ、また異常な不動産価格、貧富格差拡大が続く中で、中国当局が、改めて社会の安定確保を政策の第一目標に掲げ、情報化社会に神経を尖らせている所以である。

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