ドイツの「脱原発」の挑戦

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2011年06月08日

  • 山﨑 加津子
ドイツのエネルギー政策が脱原発へ大きく舵を切った。5月30日にメルケル首相率いる連立与党は、2022年までに同国で稼動している原子力発電所(17基)をすべて撤廃すると発表した。関連法案は6月6日に閣議決定され、議会審議を経て7月8日の成立が見込まれている。

もっとも、ドイツの脱原発政策は今回が初めてではない。2000年に当時の社会民主党(SPD)と緑の党の連立政権が脱原発政策を採択。原発の運転年数を32年と決め、その年数に達した原発から順次運転を停止して、2022年の原発全廃方針を決定した。ところが、2009年の総選挙でキリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟(CDU/CSU)と自由民主党(FDP)からなる現政権が誕生。逆に原発の運転年数を大幅に延長した。1980年以前に設立された原発に関しては8年、それ以降の原発については14年、運転期間を延長する決定を下したのは2010年9月のことであった。

そのメルケル政権が180度政策転換した直接の原因は福島第一原発の事故で、これがもともと反原発派が圧倒的に多いドイツ国民の間で原発に対する激しい拒否反応を呼び覚ました。連立与党の支持率は原発の運転延長を決定した2010年秋に33%まで低下したあと、景気回復を背景にいったん42%まで持ち直したが、3月中旬以降は改めて急落した。一方、野党では環境運動にルーツを持ち、一貫して原発反対を掲げてきた緑の党の支持率が急上昇している。

この状況下でメルケル政権はSPDと緑の党の脱原発路線に回帰した。当然のことながら、SPDと緑の党の政策を自らの政策に取り込むことで、支持率回復をねらっているとの批判が聞かれる。確かにその要因も小さくないと見られるが、ドイツのように経済規模の大きな国が、脱原発のパイオニアとなることができれば、大きなビジネスチャンスとなろう。ドイツで原発は電力需要の2割強を賄っているが、代替電力として再生可能エネルギーのシェアを現在の17%から2020年までに35%へ引き上げる目標が掲げられている。このため、再生可能エネルギー産業はもちろんのこと、火力発電関連産業、スマートグリッドやスマートメーターの普及に期待するIT産業、建造物のエネルギー効率改善のための投資拡大を期待する建設業などが、脱原発をチャンスと捉えている。

ただし、脱原発実現のハードルは高く、解決すべき問題が山積している。特に今回は「脱原発」という結論が先に決まった感が強く、技術的、コスト的に可能な政策であるかの検討が十分に行われていないと見受けられる。再生可能エネルギーは発電コストが割高だが、誰がそのコストを負担するのか、電力料金引き上げが家計や企業に悪影響を及ぼさないかという問題がまず浮上しよう。また、供給が安定しない再生可能エネルギーを補うため、天然ガスや石炭を利用した火力発電所の増設が必要だが、化石燃料の使用増、CO2排出量増加という問題への対処も必要となる。もう一つ、ドイツでは自動車や機械、化学といった主要産業の拠点が南ドイツに多いが、その電力需要を担ってきたのが原発である。一方、再生可能エネルギーはどちらかというと北ドイツに多い。このため、電力使用量が増える冬に南ドイツで停電が発生するリスクが指摘されている。

ドイツ政府は送電網の整備を急ぐこと、エネルギー利用の効率化を図る投資を促進すること、予定していた太陽光発電の奨励金削減を取りやめることなどの対策をまず打ち出した。これまでの政策を大きく転換し、退路を断った形のドイツのエネルギー政策の行方は、今後の日本のエネルギー政策を考える上でも大きな注目に値しよう。

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