中国は日本のTPPへの関心をどう見ているのか

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2011年05月26日

  • 金森 俊樹
東日本大震災の影響で、環太平洋経済連携協定(TPP)の議論は事実上ストップしている。これはやむを得ない面があり、また米国をはじめとするTPP交渉国も、日本の置かれた状況に理解を示しているように見受けられ、当初、交渉に参加するかどうかを決める期限と見られていた6月は、先送りの様相である。しかし、事態が落ち着いてくれば、何れ、日本としてTPPにどう対応していくのか、改めて詰めていく必要がある。ところで、日本がTPP参加への関心を表明して以降、日本にとって最大の貿易パートナーである中国は、これに対してどのように考えているのか、あまり伝わってこず、「不気味」に沈黙している感がある。そうした中で、去る3月に都内で開催されたある国際フォーラムで、中国の有力政府系シンクタンクの幹部が示した見解は、ある程度予想されたものではあるが、かなり衝撃的である。その主張を要約すると、以下のようになる。

(1)TPPは米国の「戻ってきた(重返)アジア戦略」の一環であり、米国がTPPに積極的な背景としては、アジアの高成長の分け前を得ること、およびアジア地域の経済協力が、太平洋上にラインを引いて米国を排除するようなものになることは許さないという経済的な動機と、中国の台頭を抑えるという安全保障上の動機がある。米国のUSTR代表も述べているように、元来、米国の地域貿易協定推進政策には、安全保障面の考慮が働いており、米国は、自らのアジアにおける存在は、同地域における中国の覇権に対するバランスとなるべきものと考えている。

(2)中国の台頭は、アジアの周辺諸国に「中国への過度の依存」に対する懸念を引き起こしている。周辺諸国は、中国との経済面での関係を維持しつつ、政治面では、米国が中国の台頭を抑え、あるいはバランス勢力となることを望むという「日和見戦略(对冲战略)」を採っており、米国はこうしたアジア諸国の心理を利用して、「アジアへの回帰」を実現しようとしている。

(3)TPPは現在9カ国が交渉しており、第二段階として、カナダ、日本、その他一部のASEAN諸国が参加するのかどうかが焦点になるが、日本の立場は「不確定」、第三段階としてアジア太平洋自由貿易区が考えられるが、これは「不可能」。

(4)中国の主要貿易相手国でTPPに参加する国が増えれば、それだけTPPの中国に対する排他性が高まり、またこれら諸国が「日和見政策」を採る可能性があること、さらにTPPは、中国が受け入れ困難な労働規約、知的財産権保護、環境保護規定などを含むようであり、これらの意味で、TPPは中国に対するひとつの挑戦。

(5)中国としての活路は、二国間FTAなど、アジア地域内での経済協力推進の可能性を引き続き模索していくこと、発展方式の転換を進め、国内消費を拡大させていくことにより、中国の市場規模が貿易相手国にとって重要な意義を持つようにしていくこと。

論者によれば、民間レベルの会合での意見交換であるので(中国が言うところの「民間レベル」は、党や行政府でないということ)、極めて率直な意見表明となったが、政府レベルではもちろんこうした見解は対外的には出てこない、しかし、政府部内で同様の見解を持つ向きも少なからず居るかもしれない旨である。上記中国の識者の見解は、端的に言えば、日本に対して、中国を選ぶのか、米国を選ぶのかを迫っているようにも聞こえる。日本としてはむろん、中国も米国も重要な貿易パートナーであり、そのような問題設定自体がirrelevantということになろうが、とくに政治外交的なアプローチからは、どうしてもこうした発想は出てくる。現実問題として、中国国内でこのような見方が少なからず存在することも否定できないようだ。日本国内では、TPPに参加するのが適当かどうかは、もっぱら農業をはじめとする国内産業への影響にどう対処するのかといった観点から議論されるきらいがある。もちろんそれも重要であるが、同時に、いまや最大の貿易パートナーとなっている中国が本件をどう見ているかは、好むと好まざるに関わらず、日中の経済関係が緊密化している以上、注意しておく必要はあるだろう。とくに現在、アジアでFTAの空白地帯になっている日中韓3カ国のFTAの可能性について、民間レベルで議論しようとする流れも出てきている(本HPアジアグローバル「日中韓FTAと歴史問題」2010年11月参照)。TPPのような枠組みに日本が参加し、より自由に貿易や投資が行われる環境が拡大していくことは、日本の産業が国際競争力上不利な立場に置かれることを防止する上からも、基本的には望ましいことであろう。ただ、日本として仮にTPPを推し進める場合、日中韓3カ国のFTA,あるいは日中二国間の経済連携の可能性、それへの影響をどう考えるべきなのかも含めて、経済面、政治安全保障面等の観点から、総合的に検討していくことが重要だ。


(参考1)日本の対世界貿易に占める対米貿易のシェアは、1995年の25.2%から2010年には12.7%へと趨勢的に低下する一方、対中貿易シェアは同期間、7.4%から20.7%へと上昇し、中国は最大の貿易相手国に。

(参考2)日本の対外直接投資(FDI)残高は、なお対米が最大であるが、その全FDI残高に占めるシェアは、2000年の47.5%から2009年31.2%へと趨勢的に低下、対中の残高は同期間、3.1%から7.6%へと上昇。

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