見方が分かれる東日本大震災の中国経済への影響

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2011年04月07日

  • 金森 俊樹
東日本大震災発生後、中国国内でも連日大きく関連報道が取り上げられている。日本の貿易総額の約20%は対中国であり(2010年)、言うまでもなく、中国は日本の最大の貿易相手国である(日本にとって中国は最大の輸出相手国、中国にとって日本は第三の輸出相手国)。当然、中国経済、日中経済関係も今回の震災から何らかの影響を受けることになる。中国側での取り上げられ方を通し、主として経済面への意味合いという観点から見ると、どのようなことが浮かび上がってくるか?

まず中国のマクロ経済等への影響については、中国政府も含め、一時的かつ限定的と見る向きが多い。中国商務部や発展改革委は、日中貿易への影響は一時的かつ限定的としている。その理由として、まず第一に、日本経済の回復は速いと見込まれる事、第二に、中国の輸入は基本的には中国の内需によって規定されるものであり、日本からの輸入は他の国からの輸入で代替可能であること、第三に、日本の東北地方からは、自動車部品、建材の輸入などの実績はあるが、この分野の多くの日本企業は、中国を始め、海外にすでに生産拠点を移転済であり、また中国には相当程度の在庫があること、第四に、中国の対日輸出は、日本側の損傷を受けた輸送インフラ等がネックになって短期的には影響を受けようが、中長期的には、日中貿易関係の相互依存が高まっていることからみて、自ずから安定化すると予測されること、最後に、中国に進出している日系企業はすでに中国での活動に相当の経験を積んでおり、こうした緊急時へのサプライ・チェーンへの迅速な対応がとれるような体制になっていることである。発展改革委の専門家は、今回の日本の震災は、中国のGDP成長率を0.5%程度押し下げるのではないかとの予測を示している。政府関係以外の専門家筋も、中国にとっての主要輸出先は米国、EUであり、欧米市場が安定している限りは影響は小さいと見ている。株式市場等への若干の心理的影響はあっても、長期的に何か非常に大きな影響が続くことはないとする。さらに、中国はハイテク部品輸入で日本に依存しており、サプライ・チェーンへの影響があり得るが、東北地方の生産面での比重は日本全体の7%程度と小さく、また韓国や台湾への輸入代替が可能であるので影響は限られるとの見方である(以上、3月15日付上海证券日报、同日付光明网および4月1日付第一财经日报)。

他方で、影響を過少評価すべきではないとの見方も少なからずある(3月15日付光明网、22日付京华时报、24日付环球时报、30日付新華社通信)。その理由として、第一に、日本経済にとっては、長期停滞から回復しようとする途上での災難であり、かつ金融面でも財政面でも現状、さらに景気刺激をする余地が限られていることから、日本経済への影響は大きいと見ざるを得ないこと(中国側報道では、これを、日本経済にとって震災は「雪上加霜(泣き面に蜂)」と表現)、第二に、中国は中核エレクトロニクス部品供給の面で日本への依存が高く(日本の対中輸出の約5割は半導体関連部品や製造装置等の電気機器・一般機械)代替しにくいこと、第三に、対日輸出が日本の景気減速の影響を受けて減少することが見込まれ、また打撃を受けた日本企業が対中直接投資の見直しを行う可能性があること、さらに第四として、原発事故の影響が指摘されている。中国では現在28基の原発が稼動しており、さらに38基の建設計画があるという。スタートしたばかりの第12次5ヵ年規画でも、原発促進は主要政策のひとつである。しかし、今回の日本の原発事故を受け、国務院は早々と、新規の原発建設計画の承認停止や、運転中および建設中の原発に対する厳格な安全検査の実施、安全対策の強化を決定した旨である。原発への影響が大きくなると、エネルギー需給逼迫が高成長の制約要因となり、また中国の温暖化防止への取り組みにも影響してくるおそれがある(ただし、石炭への需要が日本の石炭輸入も含めて増加し、石炭価格が堅調になると見込まれ、世界最大の石炭産出国である中国の石炭部門にとってはグッド・ニュース)。

特徴的な点は、今回の日本の震災を、中国経済にとって大きなチャンスとなり得るかという観点からの報道が多いことである。3月23日付人民日は、「中国企業は日本の復興に積極的に参加すべきで、これは中国企業がハイエンド(高端)産業チェーンに関与しておらず、中核技術が不足しており、中核部品を独自に生産することができないという、他国に制約される受け身の局面を脱却する絶好の機会になる」とし、また、「中国の産業の自主的な技術革新の強化を促進し、中国の経済発展モデルの転換を加速させる機会にもなる」としている。22日付京华时报は、「中国の対日輸出は、元来、食品等日常品の他、セメント、鋼材、アスファルト、その他建築資材など、復興過程で必要になるものが多く、日本の建設市場への参入機会となり、また対日投資、企業買収全般を加速する機会になる。さらに、日本企業がその製造拠点を、中国を始めとする周辺国に移転させる傾向が加速することも予想され、これらを勘案すると、中国経済が今回の震災の最大の受益者になることは疑いない」と論じている。29日付第一财经日报も、金融危機時の例を引き合いに、「打撃を受けた日本企業を買収する絶好の機会」であると指摘している。ただし、これらに対し、慎重な意見もある。「日本の生産能力の回復力は高く、半年から一年で元に戻る。中国企業はそれまでの時間をしっかりと活用すべき」(23日付人民日)、「この機会をうまく利用できるかどうかは別問題、先端分野では韓国が有利になるであろうし、ローエンドの分野では、中国より後発の諸国が有利になる可能性がある、各企業がどういった領域でこの機会を利用できるかをよく検討する必要がある」(23日付第一财经日报)、「挑戦と機会が並存、挑戦をうまく機会に変えられるかどうかは、結局企業の国際競争力の問題であり、この点で先端分野での中国企業はなお力不足」(22日付京华时报)といった指摘があることも見逃せない。

影響を一時的、限定的と見るか、大きいと見るか、また中国経済、中国企業にとってチャンスと捉えるかどうかの分岐点のひとつは、アジアでのサプライ・チェーンの現状をどう評価するかであろう。日本のビジネス関係者によると、震災後すでに、韓国、台湾系のハイテク産業から、素材、材料、部品の供給に関して、問い合わせがかなり来ており、当面は在庫である程度対応できるが、2-3ケ月後にボトルネックになる材料が出てくるおそれがある旨である。また、海外進出した日系企業も、材料やキーとなる部品は、なお日本から輸入しているところが多い。そうであるとすると、川上から中間材料までの日本企業の力はなお相当強く、って行った時に、必ず日系企業の何処かに行きあたることになり、それなりの影響があるという見方につながる。また、震災を受け、日本企業がリスク分散を図り、中核となる技術も海外に出してくると予想した場合、あるいは日本企業の買収機会が増えると見た場合、自らの技術水準をまだまだ劣ると評価している中国企業は、それを大きなチャンスと捉えることになる。中国側の震災を巡る報道やコメントは、彼らがこのサプライ・チェーンの現状、とりわけ技術のチェーンをどう評価しているのかを見る上でも興味深い。

昨年秋の尖閣諸島(中国では钓鱼岛)沖での事件を契機に悪化した日中関係であるが、中国の外交姿勢は、日本のみならず欧米や他のアジア諸国からも反発を受けた。中国政治のある専門家は、その後中国当局は内部で外交政策を総括し直し、本年には、日中関係改善のシグナルを様々な形で、日本に送ってくるのではないかと予想している。そうした中で、今回の震災は、中国にとっては図らずも、日本との関係改善を進める機会となっていることは間違いないだろう。他方、日中関係は経済面でも益々関係を強めており(とくに日本側からみた場合)、日本が震災から経済を立て直す過程で、中国の関与、影響は、好むと好まざるに関わらず生じてくる。その意味で、中国側が今回の震災を、中国経済・日中経済関係にとって、どのような意味があると見ているかをフォローしておくことは重要だ。

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