ECBのインフレとの戦い開始

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2011年03月16日

  • 山﨑 加津子
3月3日の金融政策委員会後の記者会見で、トリシェECB総裁は強い調子でインフレ警戒を表明した。そればかりか質疑応答の中で「4月に利上げの可能性がある」と具体的に言及した。

ECBがインフレ警戒に方針転換したのは今年1月で、直接のきっかけは12月のユーロ圏の消費者物価(HICP)上昇率が前年比+2.2%と2年ぶりに+2%を上回ったことである。ただ、1月時点ではインフレ懸念は短期的なものとされたため、市場の利上げ予想は「2012年」から「2011年末」への前倒しが多数派だった。その後、北アフリカと中東の政治不安で原油が高騰したことを受け、利上げ予想時期はさらに前倒しされたが、それでも「4月利上げ」予告は予想外であった。市場が利上げ前倒しを予想しながら、4月の利上げは予想していなかった理由としては、ユーロ圏経済の回復力がまだ弱いこと、特に巨額な財政赤字の削減に取り組んでいる国々の内需回復がおぼつかないことが指摘できる。また、金融機関の体力回復に不安があることも、懸念材料と考えられた。

しかしながら、ECBは3月3日の記者会見で「物価安定が唯一の政策目標」との基本方針を貫く姿勢を明確にした。ECBが景気回復に貢献できるのは、物価安定の確保を通じてのみと改めて確認し、特に低所得者に対して物価上昇が購買力低下という大きなマイナス材料になりつつあることを指摘した。ECBの金融政策決定にとって重要なのはあくまで物価動向で、個々の国の景気回復の温度差や財政政策には顧慮しないとの表明と言えるだろう。「4月の利上げの可能性」発言は利上げを確約したものではないとされたが、原油価格が急落するなどインフレ圧力を大きく減退させる材料が出てこなければ、ECBは4月に0.25%の利上げを決めると予想される。なお、ECBは次の利上げは「連続利上げの開始ではない」としているため、4月に利上げをすれば、5月と6月に追加利上げを実施する可能性は低いだろう。

ただし、ここで一つ疑問が生じる。一度の利上げでECBはねらい通りインフレ期待を減退させることができるだろうかという疑問である。そもそも足下の物価上昇の原因は原油や商品価格、食品価格上昇という供給サイドの要因である。また、ユーロ圏内のいくつかの国で財政健全化のためにVAT(付加価値税)を引き上げたことも物価を押し上げてしまっている。これらのインフレ要因を直接利上げで抑えることはできない。

それにもかかわらずECBが利上げを計画しているのは、企業の価格転嫁や賃上げを牽制し、消費者のインフレ期待を抑制することをねらっている。加えて、金利先高感を演出することで、ユーロ高に誘導する隠れた意図もあるのではないかと考えられる。原油価格は2008年夏の高値にまだ到達していないが、足下は当時と比べユーロ安であるため、実は輸入物価上昇率は今回の方が既に上回っている。ECBの利上げ予告以降、ユーロは対ドルで上昇し、一時1.40ドル台を回復した。

一方で連続利上げを否定しているのは、景気回復を受けての利上げではないとの認識をECBも共有しているためと考えられる。ユーロ高は諸刃の剣で、過度に進行してしまえば、輸出が牽引している現在のユーロ圏の景気回復に悪影響を及ぼすことになる。インフレ期待を抑制しつつ、景気回復を腰折れさせない微妙なさじ加減の金融政策がECBに求められることになる。

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