エマージング市場投資と分散投資効果

RSS

2010年12月13日

  • 森 祐司
年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)はエマージング株式投資を2011年度にも開始することを表明した。世界最大の年金積立金がついにエマージング株式市場に投資主体として登場することになり、市場関係者の間でも話題となっている。

世界の機関投資家の期待も、好調さを取り戻したエマージング国に集まってきているようだ。欧州では深まる債務危機への懸念、米国では金融緩和の経済浮揚効果への不確実性がその背景にあると見られる。

たとえば、世界最大級のソブリン・ウェルス・ファンドであるノルウェー政府年金基金は、シンガポールにエマージング地域での資産運用拠点を開設し、今後エマージング市場での投資を拡大させていくという。またオランダの代表的な年金基金であるABPは、今後の投資計画でエマージング株式への資産配分を5%から7%に引き上げることを盛り込んだ。これは同基金の株式運用の26%をエマージング株式投資に割り当てることに相当する。

米国の年金基金もエマージング株式投資を拡大させてきている。テキサス州教職員退職年金は、外国株式投資のうち40%をエマージング地域に配分する計画を策定した。カルパースと並んで有名なカルスターズ(カリフォルニア州教員退職年金)は、(事実上)外国株式投資の2割程度をエマージング株式に配分していく方針を示した。

わが国では、2000年代の初期からエマージング株式投資を実施する一部の企業年金があった。しかし、年金運用の中核を担う信託銀行で、エマージング株式での投資戦略の提供を開始したのはこの2~3年程度であり、わが国の年金運用でのエマージング株式投資は、ここ数年で本格化してきたと言えよう。

このように、機関投資家のエマージング株式投資はここ数年で全世界的に普及してきたと言えよう。また、その投資比率が今後も拡大していくことは当然予想されよう。

そもそも、エマージング株式投資のポートフォリオにおける位置づけは、高い投資リターンをもたらすドライバーとしての役割だけでなく、分散投資効果への寄与を強調する見方がある。事実、2008年の経済金融危機時には、世界的に市場間の相関が高まったが、危機後においては、エマージング国は先進国よりも逸早く回復し、先進国とは異なる成長パターンを示した。このことは分散投資効果への期待感をさらに高めることになった。

エマージング株式投資は、地理的分散という目的達成には寄与するものであろう。しかし、年金基金全体のポートフォリオでみた場合の分散効果については、改めて考えてみる必要があるのではないか。

たとえば、ポートフォリオの中での先進国株式投資においては、オーバーウェイトする銘柄は高い投資リターンを期待したエマージング市場関連が多いのではないか。オルタナティブ投資はどうだろうか。インフラ投資ではエマージング地域中心の商品が多いのではないか。不動産投資やプライベート・エクイティ投資でもエマージング市場関連の投資スタイルが増加してきているが、ポートフォリオの中に既に組み込まれてはいないだろうか。

エマージング市場への投資を分散投資の一環として開始するとき、個々の資産クラスでのリスク管理には十分注意するだろう。しかし、当該資産クラスだけでなく、その他の資産でのエマージング市場に対するリスク・エクスポージャーも高まっている可能性がある。その結果、ポートフォリオ全体で見た場合のエマージング市場へのリスク・エクスポージャーが予想外に高くなっていることも否定できない。

今後、確信をもって高成長を見込めるのは、世界の中でもエマージング地域だけの様相となってきている以上、ポートフォリオの中でエマージング市場へのエクスポージャーがある程度高まるのは仕方ないかもしれない。しかし、それがどの程度なのか一度点検してみることは決して無駄とはならないだろう。リスク管理の第一歩は、見えていないリスクを如何に把握していくかにあるのだから。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。