2011年に向けての人民元相場の行方

RSS

2010年12月01日

  • 金森 俊樹
11月12,13日のソウルでのG20サミット等を経て、人民元相場の今後の行方について、改めて関心が高まっている。G20では、「経済のファンダメンタルズを反映するよう、より市場で決定される為替相場システムへ移行し、為替相場の柔軟性を高め (move toward more market-determined exchange rate systems, enhancing exchange rate flexibility to reflect….fundamentals)、通貨の競争的な切り下げを回避」することで合意し、また、世界的不均衡については、一連の参考指針(a range of indicative guidelines)の開発を検討していくことで合意した(何れも、10月のG20財務相・中央銀行総裁会議で合意したライン)。

これらマルチの場での一連の合意自体は、結論から言えば、とくに中国になんらかの新たなアクションを起こさせるものではない。中国自身、以前から人民元改革を推進していくと繰り返し表明しており、G20での合意はそこから大きく離れるものではない。(10月のG20直前に開かれた共産党の第17届5中全会で採択された第12次5ヵ年規画建議でも、人民元相場について、「市場の需給を基礎とした管理フロート制度を完全なものとしていく(完善以市场供求为基础的有管理的浮动汇率制度)」とされている。)また、参考指針の検討については、中国として、今後の検討状況を注意深く見ていくであろうが、拘束力のある目標のようなものにならないこと、また中国のみをターゲットにするような指針にならない限り、米国など赤字国も検討対象になるという点では、従来から、世界的不均衡は、むしろ米国など赤字国の経済構造に主たる問題があると主張してきた中国にとって、むしろ歓迎すべき点もあるのではないかと思われる。(※1)

人民元相場については、2005年7月に通貨バスケットに移行し、その後2008年8月まで趨勢的に相場が切り上げられた。米国のサブプライム問題に端を発する世界的な金融の混乱を受け、しばらく事実上のドルペッグに戻っていたが、2010年6月以降、再び人民元相場が切り上げられ、G20サミット前後で1米ドル6.5元強程度まで切り上っている。管理フロートに復帰してから、中国当局が再三にわたり強調してきた点は、第一に、人民元改革は中国自らが、国内への影響も考慮しつつ、主体的、漸進的に、かつ制御可能な形(可控性)で進めていくこと、第二に、人民元相場の調整は、上下双方向がありうることである。中国当局が「漸進的」と言っている場合の相場観は、過去のトレンドを見ることにより、ある程度推測できる。(経済学的に論理的な話ではないが、人民元相場が管理された“政治的”相場である限りは、過去の切り上げペースは参考になりうる。)通貨バスケットに移行した2005年7月時点では、1米ドルが約8.3弱人民元程度であったが、2008年8月には約6.8強人民元と、3年間で17-18%、年平均5-6%の上昇である。6月以降、G20サミットに至るまでの約5ヶ月間では、約2.7%の切り上げとなっている。

本年6月に相場弾力化を表明して後、ある中国政府関係者は非公式の場で、筆者に(具体的なタイムスパンには言及しなかったものの)現在の諸事情に鑑みると、1米ドル5.5元程度まではやむをえないかもしれないと述べていたほか、報道では人民銀行関係者は、年内(6ヶ月間)の切り上げ幅の許容限度は3%までであると述べた旨、また別の中国の政府系有力シンクタンクの経済学者は最近、相場調整は漸進的に進めるべきだが、年2-3%というようなペースでは不十分と述べたとも報道されている。こうしてみると、中国が「漸進的」と言っている場合の切り上げペースは、およそ年5-6%程度ということになるのではないか。そうであるとすると、諸条件に大きな変化がないとして大胆に予測すれば、基本シナリオとして、2011年末までに1米ドル6.2元前後、2012年中に6元を割り込むといったシナリオが、中国当局として、現時点で想定し得る最大限のものかもしれない。ただし、G20で合意された今後の不均衡是正のための指針策定、それによる各国の評価の動向如何では、元相場の切り上げ調整が滞る可能性があり、他方で、別稿で述べたように、元の「国際化」との関係で、どこかの時点でもっとドラスティックな切り上げが行われるという別の可能性も排除できない。

(※1)米国が10月のG20で主張していた、経常収支黒字(または赤字)の対GDP比率を4%以内にするという目標を、単純に2009年の統計数値に当てはめると、シンガポール(17.5%)、マレーシア(16.5%)を初め、多くの新興国の黒字がこれに抵触することになる(中国も6.1%で抵触)。他方、米国の2009年の赤字は4%以内におさまっている。各国毎の比率は、それぞれの国が自国の経済構造をチェックする際には有効かもしれないが、中国以外の新興国の黒字額、GDP規模は、世界全体からみれば微小で、世界的な不均衡の是正という観点からは、結局、こうした各国毎の比率より、黒字(または赤字)の絶対額が重要となる。そうすると、不均衡に最も「貢献」しているのは、疑いもなく米国の赤字(3784億ドル)であり、これに対応する黒字が、中国(2971億ドル)、独(1633億ドル)、日本(1418億ドル)ということになる(何れもIMF統計)。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。