金融政策の開拓者と円高の試練

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2010年10月13日

  • 野口 麻衣子
2010年10月5日、日本銀行は、実質ゼロ金利政策採用の明確化、「中長期的な物価安定の理解」に基づく時間軸の明確化、資産購入基金の創設検討、の3つの柱から成る「包括的な金融緩和策」の実施を決めた。

目玉は、資産購入基金の創設である。国債や社債など、これまで適格担保として受け入れてきた比較的信用度が高い資産に加え、指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)など、損失が発生するリスク性が相対的に高い資産の購入にも踏み切る意向を示した点は、金融政策の「開拓者」を自負する日銀が新たに取り組む策として、特に注目される。狙いは、リスクフリーの短期金利の低下余地がほとんどなくなってきている状況のもとで、リスク・プレミアムの縮小を促すことにより、金融緩和を一段と強化することである。

今回、日本銀行が、臨時かつ異例の措置であることを強調しながら、これほど踏み込んだ政策を打ち出したのは、6年半振りに円売り介入を実施した後も円高に歯止めがかからず、日本経済に悪影響を及ぼしつつあることに配慮した面が大きそうだ。にもかかわらず、円の対ドルレートは、「包括緩和」決定後も、米国経済の回復力の弱さを示す指標などを受けて、依然として円高傾向を辿っている。

円高の背景には、FRB(米連邦準備制度理事会)が近く、追加金融緩和を行うとの観測が影響しているという。ただ、非伝統的な政策を含めた緩和姿勢という観点でみれば、FRBが8月、保有する資産を徐々に国債に置き換えていく方針を示し、「信用緩和」を手仕舞う方向にあるのに対し、日本銀行は、これから「信用緩和」と「量的緩和」を「包括」した政策により、一段と金融緩和を推し進めようとしている。主要国のなかで、経済・物価情勢に対する危機感がもっとも高いことを反映したものだろう。一方で、金利政策面では、日米とも引き下げ余地が事実上残されていないことには変わりがない。金利差を理由に一方的な円買いを進めることには、限界があるはずだ。

8日に開催されたG7では、「為替相場の過度で無秩序な変動は世界経済に悪影響を与える」との原則があらためて確認された。このところ、円高を含め、日本経済に都合の悪い全てことについて、まずは金融緩和が対処してくれることを期待する傾向が強まっている。ただ、異例な金融緩和の拡充競争が、将来の経済にツケを回す結果につながりかねないことは、もっと広く認識されるべきだろう。

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