インドの携帯電話市場への期待値と懸念材料

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2010年08月23日

  • 渡邊 保元
2010年6月までの3ヶ月間、インドに滞在した。この間に注目していたのが、第3世代(3G、(*1))携帯電話の周波数割当てのオークションである。入札の結果、政府は当初見積もりの2倍に近い合計6,771億ルピー(約1兆2,500億円)の収入を得た。これは2009年度のGDP 58兆6,833億ルピーの1%を超える規模である。一過性ではあるが2010年度の財政赤字を当初見込みのGDP比5.5%から同4.5%程度へと、軽減させる見通しである。

落札事業者は6月上旬に政府へ落札金額を現金払いする必要があり、銀行からキャッシュの調達を行った。法人税の納付時期と重なったこともあり、大規模な資金需要の発生は流動性の逼迫を招いた。それまで銀行間市場で資金吸収オペを実施していた中央銀行は、6月より供給オペに転じることとなった。今回のオークションは国家の財政・金融政策にインパクトを与える規模であり、携帯電話市場への期待値が如何に大きいかが窺える(*2)

市民生活においては、携帯電話はパソコンを持てない所得層にとって貴重な情報インフラである。携帯電話端末は新品の安価な機種で1,200ルピー(約2,200円)前後から購入でき、中古市場も存在する。近年の熾烈なシェア争いにより、通話1秒あたり1パイサ(約0.02円)の秒単位課金プランを提供する事業者も現れる等、料金競争が携帯電話の普及を牽引している。現地のタクシードライバーの間では、行き先やルートを同僚に確認するため携帯電話を頻繁に使用するケースも珍しくない。情報インフラに乏しい農村部においては、農作物の価格決定等に使われ、重要な役割を果たしていると聞く。特に農業分野に関しては、州政府が民間企業と連携してICT導入を検討する事例も多く、携帯電話のネットワークはその基盤として注目されている。IT・通信事業各社は3Gの高速データ通信を用いて様々な分野での新サービスを検討しており、人々の生活向上への期待は大きい。

しかしながら、懸念材料もある。英国・ドイツで2000年に実施された3Gオークションでは、落札金額の高騰が各社の経営を圧迫し、破綻する事業者も現れた。その結果新サービスの立ち上がりが停滞するという苦い経験がある。インドの各事業者が新サービスをスムーズに立ち上げようとする場合、如何に経営の悪化を回避するかが課題である。3G基地局向けの設備投資を効率良く実施するとともに、早期に高収益なサービスを確立することが望まれる。国民の嗜好を考慮すると、世界的に有名となった”Bollywood”(*3)を中心とする映画音楽や、絶大な人気を誇るスポーツであるクリケットの動画・スコア速報などのコンテンツ配信が有望なサービスではないだろうか。いずれにせよ、ターゲットとなる加入者の所得に見合った価格設定と収益のバランスが鍵となる。

人口10億人超を擁するインドの携帯電話産業のポテンシャルは大きい。事業者の経営課題と情報インフラとしての市民生活への影響の両面から、今後の動向に注目していきたい。

(*1)国際電気通信連合(International Telecommunication Union:ITU)の定める「IMT-2000」規格に準拠した通信システム。最大2Mbpsの通信速度を規定する。
(*2)2010年3月末時点のインド国内の携帯電話加入者数は約5億8千万人、2010年1-3月期の純増数は約6千万人。 (出典:Telecom Regulatory Authority of India,The Indian Telecom Services Performance Indicators January - March 2010)
(*3)商都ムンバイの映画産業の総称。ムンバイの旧名称ボンベイの頭文字”B” と、”Hollywood”を掛け合わせた造語。ムンバイ以外にも各地で映画産業は盛んであ る。

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