「交通基本法」が目指す新しいまちづくりの姿

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2010年08月02日

  • 横塚 仁士
「高齢化社会」は日本社会が直面する重要な社会的課題であるが、解決への道筋は依然として定まらず、むしろ年々深刻化しているように思われる。

高齢化社会の深刻化を象徴する事例として「フードデザート」(食の砂漠)が挙げられる。これは「社会・経済環境の急速な変化の中で生じた生鮮食料品供給体制の崩壊と、それに伴う社会的弱者層の健康被害を意味する社会問題」(※1)を指す。高齢化に伴う自動車の利用機会の減少に加え、大型スーパーの郊外立地化や過疎化さらには財政難などによる公共交通網の脆弱化により、高齢者を中心とする人々が移動手段を失って生鮮食料品を入手する機会を失う問題であり、地方都市の住宅団地などに生じつつあるという。日本において食品が手に入らないという状況は想像しにくいかもしれないが、このような問題は今後、日本各地方において顕在化するのではないかと思う。

このような課題を解決する上での重要な動きとして、筆者は現政権が成立を目指している「交通基本法」に注目している。

同法の最大の特徴の一つは「移動権」の保障を明記することであり、これは国民一人ひとりに「移動する権利」があり、高齢化などの事情により移動が制限されている人々にもその権利を国が保障すべきという考え方である。同法では多様な交通手段による地域公共交通を維持・再生し、活性化することを掲げており、社会福祉の向上など持続可能な社会の実現のために交通を有効活用するという枠組みを提示するものである。同法が成立すれば、交通を基軸とする新しいまちづくりが活発化することが期待される。

その一方で、交通基本法が成立した際には各地でインフラの再整備が進められると考えられるが、どのように財源を確保するかが課題になるであろう。「移動権」の保障のためには一定規模の投資も必要だが、現在の自治体の財政状況を考えると対象を絞り込むことが必要である。

そのような環境下では、行政と交通企業、非営利団体(NPO)などの相互連携が重要な鍵になると考えられる。各地域の有志による組織が行政や企業と連携することで財政的な負担を軽減すると同時に、特に社会福祉の面において行政や企業では行き届かない範囲へもサービスが可能になるという利点があるためである。交通分野では青森県佐井村や茨城県土浦市などの地域において、地元のボランティア・NPOが公共バスの運営協力や運営母体への支援などの形で貢献する事例が報告されている (※2)。各者間の連携の重要性については、交通基本法に関する国交省公表資料でも指摘されている(※3)

「移動権」の問題は突き詰めて考えると「どのような街を創ってゆくのか」という「まちづくり」のあり方に行き着くと考えられる。更に、日本社会は上述の問題だけでなく、地球温暖化など多種多様な課題に同時に取り組んでいくことが求められており、コンパクトシティ(郊外への拡大を抑えると同時に中心市街地を活性化する都市)など社会的課題の解決を視野に入れた「持続可能な都市」の構築が重要となる。そのためには、行政と企業、市民の間で議論を重ね、そのうえで協力・連携可能な環境を構築した上で「まちづくり」が進められることが必要であり、「交通基本法」成立がその起爆剤になることを期待したい。

(※1)「フードデザート研究問題グループ」ウェブサイトより引用。
(※3)国土交通省6月22日付報道発表資料「交通基本法の制定と関連施策の充実に向けた基本的な考え方(案)」を参照。

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