アローヘッド稼働で本格化見込まれるHFT

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2010年03月18日

  • 山口 渉
東京証券取引所(以下、東証)では、今年の大発会(1月4日)から新システム「アローヘッド」が稼働している。市場環境の変化などによる証券取引のボリューム増大や、取引手法の高度化に対応するため、海外の証券取引所などは相次いでシステム拡充を進めてきた。東証における「高速性・信頼性・拡張性を兼ね備えた売買システム」の導入により、従来から指摘されてきたシステムにまつわる脆弱性が払拭され、日本においても海外の主要取引所に伍する証券取引インフラの整備が一歩進んだことになる。

ところで、「HFT」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。正式にはHigh-Frequency Tradingといい、翻訳すれば「高頻度取引」となる。HFTは、欧米の大手証券会社やヘッジファンドなどによって、数年前から行われている証券取引手法である。欧米を中心に従来から行われてきたコンピュータによる自動売買(アルゴリズム取引)の一つの究極の姿と言えよう。即ち、ミリ秒(1/1000秒)単位で、頻繁に売り・買いを繰り返し、小額の取引益を積み重ねる手法だが、米国大手証券会社などで収益に占める割合が相当程度増加していることに加え、市場に与える影響も無視できない規模となっている模様である。

HFTを支えているのは、高速演算が可能な大規模(スーパー)コンピュータと、それに対応できる市場システムの存在である。欧米の証券会社などでは、注文板や相場つきなどに応じて、様々な売買戦略がコンピュータで最適化演算・実行される仕組みを構築している。市場の気配値(板)情報などをベースに、取引利ザヤを抜くことができる売買戦略を、大規模なシステムを使って高速演算し、瞬時に実行する。従ってこれを行えるのは大規模なトレーディング・システムを持つ大手の証券会社などに限られる。このような参入障壁の高さに加え、リーマンショックのあおりで公的資本(税金による救済)を受け入れた米国ゴールドマン・サックス証券などが、HFTを含んだ自己売買部門において過去最高レベルの収益をあげたことなどが契機となり、「不公平な取引」として批判を集め、欧米では早くも当局が規制に乗り出している。

アローヘッドの稼動により、日本(東証)でもHFTなどの高速取引に耐えうる市場インフラが導入されたと言える。稼働以来、既に、高度に洗練された取引戦略と高速コンピュータを有する大手証券会社などに対して、小幅な鞘取りなどに傾注したデイ・トレーダー達が激突している模様で、一部の個人投資家などの間に混乱が広がっているとの指摘もある。ただし、年度明けからのHFT本格参入を目指して各方面で準備が進んでいるとの情報もあり、広範に影響が及ぶのはこれからであろう。

HFTに関して、流動性増加や取引機会の多様化など、欧米市場では一定の評価を得ている側面もある。また、コンピュータによる自動売買が普及してくれば、それを用いて収益を最大化しようとするHFTなどの動きが出てくるのは、功利主義的観点からは自然のこととも言える。他方、証券取引(所)には、一般事業会社や個人投資家など、様々な参加者が存在している。HFTがこれら参加者を混乱させ、市場から排除するような結果になれば、その存在は、証券取引のインフラとして証券取引所が持つべき公共性の観点から望ましいものとは言えないだろう。自由競争の美名のもとに生じた経済主体間の格差の拡大は混乱した経済状況を惹起するという、ここ数年の教訓を生かす方策も考えなくてはいけない。アローヘッドの稼働により、HFTの本格展開が現実的となる中、市場参加者や当局の動きから目が離せない。

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