派遣規制強化・最低賃金引上げが需要を生むか

RSS

2010年02月09日

  • 渡辺 浩志
現政権は3党連立合意で、登録型派遣、製造派遣の原則禁止、最低賃金の引き上げといった労働規制の強化を重点政策の一つに掲げた。リーマン・ショック後の不況下、派遣労働者は雇用の調整弁とされ、職とともに住まいも失うなど著しく生活の安定がそがれた。これを行き過ぎた規制緩和の副作用とし、労働に関する規制強化に舵を切ったのである。これらの政策は社会保障としての意味合いが強いが、ここでは経済に与える影響を検討し、需要の増加につなげる方策を考える。

影響は雇用削減だけに終わらない

登録型派遣・製造派遣の原則禁止は、労働者が短期間の仕事を繰り返し、非熟練低賃金労働に定着してしまう状況を改善することが期待される。不況期でも労働者が安定した雇用や収入を得られるようになるための足掛かりとなり、家計の恒常所得を引き上げ内需を活性化させる面がある。しかし、企業にとっては従業員の正社員化で労働力の柔軟な調節が難しくなったり、雇用コストが高止まりすることになる。これを回避するため、製造業では低廉で可変的な労働力を求めて生産拠点を海外に移したり、輸入を増やす選択肢があるし、全産業的にも新規雇用を慎重化する可能性が高い。また、労働者側にも正社員化を望まないケースがあろう。結果として、派遣労働者が他の形態の短期雇用に振り替わるだけであれば、政策の意図から逸れることになる。また、雇用保護規制の強化は非正規雇用比率を高めたり、失業を長期化させる傾向があり、これが所得リスクと認識され予備的貯蓄を増加させ個人消費を減退させる可能性がある。

最低賃金引き上げは、貧困の解消や消費の増加が期待される。また、一部では最低賃金の月収換算額が生活保護受給額を下回り、働かずに生活保護を受給した方が有利となるような状況がある。制度間の不整合が労働意欲を阻害し、家計の自律的な所得形成を妨げるおそれがあり、生活保護水準の引き下げも含め、検討する必要があろう。しかし、労働生産性に見合わない高い賃金を払えという法律ができたら、企業はそうした労働者を解雇し、新たに雇用しないだろう。あるいは、最低賃金辺りの賃金しか払えない企業が淘汰され失業が増加したり、倒産しないまでも、こうした企業では最低賃金の引き上げと同時にそれより上の階層の賃金を引き下げ、広く労働意欲の低下を招く可能性もある。いかに低所得層の消費性向が高くとも、労働意欲や生産性が低下し所得が減少すれば、需要の減少は避けられない。

どうすれば需要の拡大をもたらすか

派遣規制の強化の本質は労働者が非熟練低賃金労働に固定されないようにすることであり、そのためには数年間の派遣労働を許容しつつ、並行してOJTを中心とした職業訓練を実施し、労働者をより専門性の高い職に移行させる態勢を整備するといった代替案も考慮すべきだろう。

最低賃金引き上げについては貧困対策としての効果は薄く、むしろ米国や英国などで成功事例のある「勤労所得税額控除」のような仕組みの方が有効だろう。これは低所得層の勤労所得に対して一定率の税額控除を与え、控除額が所得税額を上回る場合には超過分が補助金として支給される制度で、最低賃金を引き上げなくとも実質的な賃金補償ができる。また、労働に応じて手取り収入が増えるため、労働意欲を刺激し自助努力で所得を高める支援となり、経済全体の需要増につながることが期待される。

派遣規制の強化、最低賃金引き上げとも、それだけを実行した場合、副作用が大きい。政策の文言に拘るよりも、本質的な目的を達成できるよう形を変えることが必要だ。また、公的部門の介入は、上述のように、企業ないし雇用者の生産性を高めるインセンティブを与えるような制度設計にとどめ、その下で当事者が自律的に雇用の安定性を強化したり所得の底上げをし、需要の持続的な成長につなげることが望ましい姿といえる。

このコンテンツの著作権は、株式会社大和総研に帰属します。著作権法上、転載、翻案、翻訳、要約等は、大和総研の許諾が必要です。大和総研の許諾がない転載、翻案、翻訳、要約、および法令に従わない引用等は、違法行為です。著作権侵害等の行為には、法的手続きを行うこともあります。また、掲載されている執筆者の所属・肩書きは現時点のものとなります。